第11話 現地市場の戦略変更

翌日、由美は早朝から現地チームとの新たなミーティングに臨んでいた。彼女の前には、昨日の試飲会での結果をまとめた詳細なレポートが広がっていた。現地の消費者から寄せられたフィードバックが、次の一手をどう進めるかに大きく影響してくる。由美は冷静に、そして慎重に、そのレポートを見つめていた。


「ローカライズをどう進めるかが、成功のカギだ。」

リチャードが口を開いた。現地での消費者嗜好に合わせた改良案を持ち出し、チーム全体で議論が始まった。


「現地ではストレートティーがあまり馴染みがない。甘さを抑えたフレーバーを追加するか、もしくはミルクティーにするのはどうだ?」

現地のマーケティングチームの一人が提案する。


由美はその意見に耳を傾けながら、資料をもう一度見返した。「確かに、甘さを少し抑えるのは一つの手かもしれませんが、それだけで十分でしょうか?ミルクティーにしてしまえば、私たちの『午後の紅茶』のオリジナル性が失われてしまうかもしれません。」


「だが、それが現地の好みに合わないなら、このプロジェクト自体が失敗するリスクもある。」

リチャードの冷静な声が再び響いた。由美は一瞬言葉に詰まるが、すぐに考えをまとめる。


「現地の声を反映させるのは重要です。ただ、私たちが日本で築き上げてきたブランドの魂を守ることも、同じくらい大事だと思っています。この二つをどう両立させるかが、このプロジェクトの成功に繋がるはずです。」


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休憩のために会議が一時中断されると、由美は一人外の空気を吸いに出た。緑の多い庭園のベンチに腰を下ろし、深呼吸をする。現地での生活は、彼女が想像していた以上にハードだった。食文化やライフスタイルの違いに戸惑いながらも、ここでの消費者と真正面から向き合わなければならない。その重さが、肩にずしりとのしかかる。


「やるしかない…」


そう呟いたその時、後ろからリチャードがやって来た。「君がブランドに対して強い想いを持っているのは理解している。でも、現実には、我々はここで勝たなければならない。消費者に届く商品を作らなければ、どれだけブランドが素晴らしくても意味がないんだ。」


リチャードの言葉は冷たくも正論だった。由美は黙って聞き入ったが、心の中ではまだ、何かを諦めたくない気持ちが残っていた。


「リチャードさん、少し妥協は必要かもしれませんが、現地の文化に合わせた『午後の紅茶』を提供しつつ、私たちのオリジナル性を残す方法を探したいんです。両立させることは不可能じゃないはずです。」


リチャードはその言葉に一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔を浮かべた。「君は本当に諦めないんだな。」


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午後のミーティングでは、由美が新たな提案を持ち出した。「現地市場の嗜好に寄り添うために、甘さを抑えたストレートティーを中心に展開するのは賛成です。ただ、それに加えて、私たちのブランドの価値を感じてもらうために、『午後の紅茶』のストーリーをもっと広く伝えるキャンペーンを打ちましょう。」


由美はプロジェクターを使いながら続ける。「例えば、消費者のティータイムに寄り添うコンセプトで、ティータイムを特別に演出する方法を提案します。日常の中に特別なひとときを提供するというテーマを強調し、『午後の紅茶』をその象徴にするのです。」


リチャードとチームメンバーたちは驚いた表情を浮かべたが、やがて納得するように頷き始めた。現地の消費者の声に応えつつ、日本の「午後の紅茶」の精神を維持する方法。それが、由美の提案する新たな戦略だった。

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