第8話 文化の壁

数日後、由美はまた新たな一歩を踏み出すことになる。キリンビバレッジの本社では、国際展開を前にしたプロジェクトの再調整が行われていた。だが、由美の心にはまだ前回の会議の残響が残っていた。「日本のやり方が海外で通用するとは限らない」——その言葉が頭から離れない。彼女はこのままではいけないと感じていた。


会議室に向かう道中、由美の心は重かった。「自分が今まで築いてきた『午後の紅茶』の物語が、本当に異文化で通用するのか?」自信が揺らいでいることを自覚しながらも、彼女はその不安を表に出さないよう努めた。


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「では、改めてプレゼンテーションを行います。」

会議室に集まったのは、国内チームと海外パートナーの混成メンバーたち。今回は由美の再提案を行う場だ。彼女はすでに、前回の批判を受けて資料を見直し、現地の市場調査も徹底的に行った。何度も練り直したプレゼン資料を手に、由美はゆっくりと会議室の中央に立った。


「前回、私たちが描いていた物語が、そのままでは海外市場に通用しない可能性があるという指摘をいただきました。その点を踏まえ、今回は現地の消費者ニーズに寄り添った新しいアプローチを提案します。」


プロジェクターが作動し、スクリーンに現地の紅茶文化に関するデータが映し出される。由美はそれを指し示しながら、詳細な説明を始めた。


「欧米市場では、紅茶は『ティータイム』として特定の習慣や儀式に結びついています。日本と違い、日常の一部というよりは特別な瞬間を演出する飲み物です。そこで、私たちは単なる『午後の紅茶』ではなく、特別な時間を彩るプレミアムバージョンを導入することを検討しています。」


会議室が少しざわめいた。由美の言葉に、前回とは異なる反応が見える。彼女の提案は、海外市場に合わせた新しい戦略だった。「午後の紅茶」というブランドの土台を残しつつも、現地の文化に合った形に再構築する。それが、由美が苦悩の末に出した答えだった。


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しかし、由美が提案を終える前に、冷たい声が飛んだ。


「それはただの迎合ではないか?我々の強みである『物語』を消してしまっては、ブランドの一貫性が失われる。」

それは、国内マーケティング部のベテラン社員、田中からの声だった。彼は由美に対して昔から厳しい態度を取っていたが、今回もその姿勢は変わらない。


由美は一瞬言葉に詰まったが、すぐに答えた。「いいえ、迎合ではありません。『午後の紅茶』の物語は、消費者との絆です。そしてその絆を現地の文化に合わせた形で再解釈することが、このプロジェクトの核心です。日本の物語をそのまま輸出するのではなく、その国ごとの物語を紡ぐこと。それが本当のグローバルブランドだと信じています。」


田中はしばらく黙っていたが、次第に頷き始めた。そして、他のメンバーも少しずつ賛意を示し始めた。


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会議後、由美は疲れた体を引きずるようにデスクに戻った。冷や汗が止まらない。プレゼンは成功したが、社内の対立や、異文化に挑むリスクが常に彼女に重くのしかかっていた。


「よくやったな。」

背後から高田の声がした。由美は振り返り、彼の顔を見つめた。彼の表情はいつも通り冷静だが、どこかに暖かさが垣間見える。


「次のステップも期待している。」

それだけ言うと、高田は静かに去っていった。


由美はデスクに座り、息をついた。次のステップ——それは海外市場への本格的な挑戦だ。彼女の心には、新たな覚悟が芽生えていた。「私は絶対に、この挑戦を成功させる。」

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