第7話 成功の先にある不安

キリンビバレッジ本社の会議室。由美の前には、祝福の言葉が溢れるメディアの報道記事が並んでいた。「午後の紅茶」の新製品発表会は大成功を収め、今や社内のヒロインとして彼女は一躍注目を集めていた。しかし、その光景とは裏腹に、由美の胸には深い不安が静かに広がっていた。


「やったはずなのに…心が晴れない…。」


彼女はデスクに置かれた真新しい「午後の紅茶」のボトルを見つめながら、複雑な思いを抱えていた。確かに成功した。でも、この先に待ち受けるさらなる挑戦——国際市場への展開が、彼女の心を重く押しつけていたのだ。


「石川さん、次の会議が始まります。」

同僚の呼びかけに我に返り、由美はスッと立ち上がった。待っているのは、今までとは違う、未知の領域。海外市場の関係者たちとの初顔合わせが迫っていた。


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会議室のドアを開けると、いつもとは違う空気が流れていた。対面するのは、国際パートナー企業から派遣された重厚な面持ちのメンバーたち。彼らの鋭い視線が、まっすぐに由美に向けられている。


「さて、君がこのプロジェクトのキーパーソンらしいな。」

上司の高田が、いつも通り冷静な口調で由美に向かって言った。その言葉には、期待と共に無言の圧力が含まれていることを由美は感じ取った。「失敗すれば、その責任はお前にある」という暗黙のメッセージだった。


由美は大きく深呼吸し、プロジェクターを起動させた。スクリーンには「午後の紅茶」のロゴが映し出され、彼女は資料を手に取りながら話し始めた。


「私たちは、この『午後の紅茶』で国内市場を席巻してきました。なぜなら、この紅茶はただの飲料ではなく、消費者に『物語』を提供しているからです。そして、その物語を今、海外市場にも届けたいと考えています。」


自信を持って語る由美。しかし、その瞬間、一人のパートナー企業の担当者が手を挙げた。


「日本の市場は特殊なケースではないですか?欧米やアジア市場では、紅茶文化そのものが根付いており、日本の『物語』が通用するとは限らないでしょう。現地の消費者は、価格やブランドだけでなく、ティータイムをもっと深く重視しています。」


鋭い指摘に、由美は一瞬言葉を失った。彼の言葉は的を射ている。国内市場での成功が、必ずしも国際市場での成功を保証するわけではない。背筋が冷たくなる感覚を覚えた。


「他の国での成功例がなければ、我々のマーケットに投入するリスクは大きいです。」別の担当者が続けて口を開く。「本当に、この『物語』がグローバル市場で通用するのか、それが最大の課題です。」


由美は内心、焦りを感じながらも、必死に自分の気持ちを落ち着かせた。「確かに文化の違いはあります。しかし、私たちが作り上げてきたのは、ただの紅茶ではなく、消費者との深い絆です。どんな国でも、絆が生まれるはずです。それを信じています。」


静寂が一瞬部屋に広がる。冷ややかな視線は変わらないが、由美の言葉は確かに心に響いていた。パートナー企業のメンバーの中で、何人かが小さく頷いたのを彼女は見逃さなかった。


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会議が終わり、由美は疲れた表情でデスクに戻った。高田が後ろから声をかけてきた。「由美、情熱は買うが、文化の違いをもっと深く理解しないと、次は失敗するかもしれない。冷静になれ。」


彼の言葉は厳しかったが、核心を突いていた。由美は、自分がまだ足りない部分を痛感した。だが、それでも彼女の中にある情熱は揺るがない。「私には時間が必要だ。もっと勉強して、この『午後の紅茶』を世界に届ける。」


由美の心には再び火が灯る。「次は絶対に成功させる…。」彼女の挑戦は、まだ始まったばかりだった。

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