第9話 市場への挑戦

空港ロビーの広い窓から、由美はじっと外を見つめていた。飛び立つ飛行機が次々と滑走路を離れていく。由美自身も、数分後にはその飛行機の一つに乗り込むことになる。彼女の行き先は、海外市場。日本を飛び出し、「午後の紅茶」を世界に広めるための挑戦が、いよいよ本格化しようとしていた。


「行くしかない…」

由美は静かに呟いた。手にはパスポートとプレゼン資料が握りしめられている。国際市場での会議に臨むため、現地でのマーケット調査と消費者インタビューを行うため、由美はすべてを準備してきた。それでも、その胸には強烈な不安が渦巻いていた。


背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。「行けるか?」

高田がすぐ後ろに立っていた。空港まで見送りに来たのは彼だった。「このプロジェクトの全責任は君にある。覚悟しておけ。」


高田の冷徹な口調は、いつも通りだった。だが、由美はその言葉に隠されたプレッシャーの重さを改めて実感した。彼女が海外市場で失敗すれば、このプロジェクト全体が頓挫する。会社としても大きなリスクを抱えていることは言うまでもない。


「わかっています。必ず成功させます。」

由美は力強く答えたが、その内心は揺れていた。


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飛行機が現地の空港に着陸すると、由美の心臓が一層早く鼓動し始めた。彼女はマーケティングチームの一員として、現地でのティーブランド展開を担当するチームと合流することになっていた。現地の商業パートナーとの初対面、そして消費者の声を直接聞く場がいよいよ訪れた。


空港に降り立つと、現地スタッフが出迎えてくれた。異国の地に足を踏み入れた由美の心には、期待と不安が入り交じる。


「ようこそ、石川さん。私たちのチームが今日のミーティングをセットアップしています。」

現地のマーケティング担当、リチャードが由美を出迎えた。彼は長年現地で紅茶のマーケットを手掛けてきたが、日本の「午後の紅茶」とのコラボレーションは初めてだという。


車に乗り込むと、リチャードがすぐに切り出した。「現地では、紅茶の文化は根強いが、ティーバッグの方が主流だ。ストレートの紅茶が受け入れられるかどうか…正直に言うと、チャレンジは大きい。」


由美は、その言葉に内心緊張したが、すぐに冷静さを取り戻した。「それでも、私たちはこのブランドを信じています。紅茶の味だけでなく、そこに込められた物語が人々の心を動かすはずです。」


「君の情熱はわかる。しかし、現実を見ないと…。」リチャードの言葉は冷静だが、厳しい現実を突きつけていた。由美は、その瞬間、今まで以上に本当の市場の壁を実感した。


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現地オフィスに到着すると、すぐに会議が始まった。プレゼンテーションの場面に立つ由美の姿は、東京のオフィスでのそれとは違っていた。異国の地で、自分の言葉や価値観が果たしてどこまで通用するのか。そのプレッシャーが背中にのしかかる。


「私たちの『午後の紅茶』は、ただの飲み物ではありません。それは、日本の文化と人々との絆を象徴しています。私たちは、この絆を世界に広めたいと考えています。」


現地のパートナーたちは静かに聞き入っていたが、その反応はまだ読めない。由美の視線が彼らを見回すと、一人の現地マーケティングリーダーが口を開いた。


「興味深い。だが、現地では消費者の反応が非常に重要だ。実際にテスト販売を行う場を設けて、リアルタイムでの反応を見なければ、この戦略はリスクが大きすぎる。」


由美はその提案に頷いた。「テストマーケティングを行い、消費者の声を直接聞きたいと考えています。それが、このプロジェクトの鍵となるはずです。」

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