第4話 魂の一杯
由美は開発部のラボで手渡された茶葉を持ち帰り、自宅のキッチンに立っていた。手元にあるのは、あの特別な茶葉。初代開発者たちが「午後の紅茶」のためにブレンドした伝説の茶葉だった。彼女の心臓は、期待と不安で激しく鼓動している。
「これが…『午後の紅茶』の原点。」
由美は慎重に茶葉をポットに入れ、お湯を注いだ。瞬間、立ち上る蒸気の中に芳醇な香りが広がる。香ばしくて甘い、どこか懐かしい香り。それは彼女の心を穏やかにし、同時に熱く突き動かすものだった。
彼女はその一杯をゆっくりとカップに注いだ。湯気が揺らめき、琥珀色の液体がカップに満たされる。由美はそっとカップを手に取り、その紅茶を口に運ぶ。瞬間、口の中に広がる柔らかな味わい。それは、ただの飲み物ではなかった。心の奥に語りかけるような、紅茶そのものが持つ物語。
「これが…」由美の瞳から自然と涙が溢れ出た。「これが、『午後の紅茶』なんだ…。」
紅茶は彼女に語りかけていた。茶葉が育った土壌のこと、日差しと風のこと、丁寧に摘まれた葉のこと、そしてそれに関わったすべての人の思い出。それは、まるで一冊の本を読み終えた後のような満足感と、もっと知りたいという渇望を同時に抱かせるものだった。
由美は気づいた。自分がこれまで見落としていたのは、この紅茶に込められた魂そのものだった。数字や理論ではなく、人々の手で紡がれてきた物語。それを知らずして、どうして「午後の紅茶」の真実を伝えることができるだろうか?
「私は、この魂を伝える。」由美はカップを握りしめ、固く決意した。会社のためでも、自分のためでもない。ただ、この紅茶の物語を、多くの人に届けるために。
次の日、由美は意を決して会社に向かった。開発部のラボでは、大塚が彼女を待っていた。「どうだった?」彼の問いに、由美は力強く頷いた。
「大塚さん、あの紅茶は、ただの飲み物じゃない。そこには、たくさんの人の想いが詰まっていました。」
大塚は微笑み、「わかってくれたようだな。それが『午後の紅茶』の真髄だ。さあ、次のステップに進もう。」
その日、由美は会議室に高田を呼び出し、最後のプレゼンテーションを行うことを決意する。彼女の目には、これまでにない力強さが宿っていた。
「私は、『午後の紅茶』の真実を伝えます。それは利益を超えたものです。紅茶が持つ本当の価値を伝えられれば、それはブランドの新たな未来を切り開くはずです!」彼女の声は震えず、まっすぐ高田に向けられた。
高田はしばらく黙っていた。そして、やがて静かに口を開いた。「石川、お前の言葉には嘘がない。それがどれだけの価値を持つか…お前の情熱で証明してみろ。」彼の瞳に、わずかな笑みが浮かんだ。
由美の心に、熱いものが込み上げてきた。彼女の戦いはこれからだ。この紅茶に込められた魂を、必ず世界に伝える。それが、彼女の新たな使命だった。
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