第5話 運命のプレゼンテーション
薄曇りの朝。由美は、カバンの中に大切な茶葉の瓶を入れ、オフィスへと向かった。今日は、彼女にとって運命を賭けた日。午後には全社を巻き込むプレゼンテーションが控えていた。彼女の心は緊張と期待で揺れている。「これで全てが決まる…。」
会議室には重苦しい空気が漂っていた。参加者たちが無言で着席し、部屋の前方に立つ由美を見つめている。マーケティング部の上司、高田誠も腕を組み、冷静な表情で彼女の動きを追っていた。由美は一度深呼吸し、持参した茶葉の瓶をテーブルに置いた。
「これが、今回のプレゼンのすべてです。」
由美の声は静かだったが、その目には強い光が宿っていた。彼女はプレゼンの資料を開かずに、まず瓶に手を伸ばす。「これは、かつて『午後の紅茶』を生み出した開発者たちが作り上げた特別な茶葉です。この香りと味わいには、彼らの情熱と物語が詰まっています。」
彼女は瓶の蓋をゆっくりと開けた。瞬間、会議室に茶葉の豊かな香りが広がる。参加者たちの表情が一瞬で変わった。その香りは、ただの紅茶とは異なる深みを持ち、彼らの心を掴んで離さなかった。
「紅茶は、単なる飲み物ではありません。」由美は一歩前に進み、全員の目を見据えた。「それは、私たちが忘れかけていた物語、そして人々の想いが詰まった一杯なのです。私が伝えたいのは、この紅茶に込められた『魂』です。」
彼女はカップを用意し、手際よく紅茶を淹れ始めた。静まり返った部屋の中で、湯を注ぐ音が響く。琥珀色の紅茶がカップに注がれ、香りと共に熱気が漂う。参加者たちの目は、由美の手元から離せなくなっていた。
「どうぞ、味わってください。」
由美は、淹れたての紅茶を一人ひとりに手渡していく。その中には、高田の分もあった。高田は一瞬ためらったが、ゆっくりとカップを口に運んだ。その瞬間、彼の表情が変わる。紅茶の持つ豊かな風味が、彼の心に何かを訴えかけたのだ。
「これが…」高田は言葉を失い、しばらく黙っていた。「これが『午後の紅茶』の…本当の姿なのか。」
「はい。」由美は頷く。「この一杯に詰まった物語を、私は研究書籍として多くの人に伝えたいのです。それは、利益を超えたブランドの価値を創り出すものであり、紅茶を通じて、人々の心に残る何かを届けられると信じています。」
会議室は静寂に包まれた。誰もが由美の言葉に耳を傾け、紅茶の持つ力に心を動かされていた。やがて、高田が静かに立ち上がった。
「石川、お前の情熱、そしてこの紅茶の持つ力、確かに感じた。」彼の目には、これまでにない温かさがあった。「研究書籍のプロジェクト、全面的に支援しよう。」
由美の目に涙が浮かんだ。彼女は深く頭を下げた。「ありがとうございます…!」
部屋を出た後、由美は空を見上げた。曇っていた空が少しずつ晴れ、光が差し込んでいる。これから始まる新たな挑戦に、彼女は胸を高鳴らせた。「午後の紅茶の物語は、今ここから始まる。」
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