41.望まれた命と愛

 咄嗟のことすぎて、アスは何も対応することができなかった。気付いたときには無数の蔓がアスの体を絡め取り、引きずり込もうとしていた。

 風の魔法で切っても切っても追いつかない。ロイやストの叫ぶ声が遠くで聞こえたけれども、現状が変わるわけではなかった。


「おまえだけ幸せに生きるなど許さん!!」


 この男のどこにそんな力があったのか、神子となった彼の苦しみは増したはずなのに、魔法の勢いは衰えるどころか増していた。


「私が死ぬのならば、おまえも共に死ぬのだ!!」


 瞬間、裂け目にアスの体が押さえつけられる。暴れても、次から次へと押し寄せてくる蔓に絡め取られ、抜け出すことはできなかった。

 同時に頭に悪意が押し寄せてくる。全ておまえのせいだと、今の現状はおまえの力不足だと、沢山のアスを恨む声が頭に響く。器を測るときは一瞬だったそれは、終わる事なくアスの心を蝕み続けた。


「おまえの苦しむ顔を見るのは、実に心地よい」

「おねが、い……。やめ、て……」

「先程感じた苦しみも、おまえも感じているのだと思えば、快感だな」


 気付けば絡まっていた蔓は木のように硬く変化し、脱出したくてもびくともしなくなっていた。一方で男の体はクリスタルから離れていて、余裕そうな顔をしている。どうにかしないとと思うけれども頭が回らない。


 けれども生きたい。まだ自分は生きたい。


「アス!! 大丈夫か!! 頼むから返事してくれ!!」

「負けんじゃねえぞ!! ぜってえ助けるからな!!」


 聞こえてくるロイとストの声。それが少しだけ悪意の声を消してくれる。

 ああそうか。一人で頑張る必要は、もうないのだ。


 アスは男の背後を守っている木を、魔法の蔓を使ってこじ開け道を作る。


「なっ」


 間髪いれずにストが男の背後を取り、男の首の後ろを叩く。男は気絶し、その場に倒れ込んだ。

 ロイが剣でアスに絡んでいるものを切ろうとする。が、硬く何本も巻き付いているため、簡単には取れなかった。


「アス、頼む。耐えてくれ」


 アスもなんとか、風の魔法で木を切ろうとする。けれどもそう簡単には切れなかった。

 次第に意識が朦朧とし始める。


『もういいでしょ?』


 誰からもわからない声が聞こえる。


『もう楽になっちゃえ。そうしたら、全てが終わるよ』


 きっとこれは悪意の声。嫌だ、生きたいと、アスは踏ん張ろうとした。けれども、体に力が入らない。


『本当に皆君が生きることを望んでいるの?』

『最初から、捨てられた命なのに』

『なんでそんなに頑張るの?』

『君レベルの命なら、死んでもすぐに忘れ去られるよ?』

『寧ろ、こんだけ迷惑かけたなら、喜ばれるかもしれないね』


 そんな声に、思考が飲み込まれていく。


 そうだ、なんで頑張っているのだろう。

 だってもともといらないと捨てられた命。誰かに迷惑かけなきゃ生きれなかった命。

 生きているだけでこんなに迷惑かけるなら、なら死んだ方が、きっと皆は幸せになれる。なら、辛い思いをして頑張る意味なんて、ない。


『ほら、目を閉じて』


 その声に思わず目を閉じて、体を預けそうになった。

 その時だった。


「アス!!!! ふざけんじゃねえぞ!!!!」


 この場にいないはずの声が鳴り響いた。その声に、アスは思わず顔を上げ、目を見開く。

 そこには、涙で目を真っ赤にさせたダンがいた。


「ダ……、ン……、なん……、で……」

「姫様が来て全部教えてくれたわ!! おまえが神子だ!? そのために死ぬ!? ふざけんじゃねえ!!」


 アスは、どうしてそんなにダンが泣いているのか理解ができなかった。ダンはアスを育ててくれた恩人で、自分のせいで余計な苦労をさせて、だからアスがダンのために泣くことはあっても、ダンが自分のために泣くことなんてないと思っていた。


「神子なんて俺が代わってやるから!! 頼むから死ぬんじゃねえ!!」

「な、んで……、そん、な、こと……」

「なんでって……! おまえは、おまえは……!」


 アスの手を絡めとっていた蔓の一本が切れる。自由になったアスの手を、ダンは掴んだ。


「俺の大切な、ただ一人の息子だろ!!」

「むす、こ……?」


 不思議そうにしているアスの手を、ダンは両手でギュッと握りしめた。


「息子だろ……? おまえがハイハイもできねえ時から必死に育てた大切な息子だろ……? 何よりも大事で愛してやまない息子だろ……!?」


 その瞬間、全ての蔓が切られ、アスの体の全てが自由になった。倒れている男と自分の体が交換される。


 目の前が、ぱっと明るくなる。

 ずっと、自分は生まれたときから望まれた命ではないと思って生きてきた。人に迷惑ばかりかけてきた命だと思ってきた。


 ああなんだ。俺の命は生まれたときから望まれ、愛されていたのだ。


 アスは思わずダンに抱きついた。そして大声で泣いた。


 辛かった。

 怖かった。


 色んな感情が溢れてくる。その感情を、全部ダンにぶつけて、甘えた。

 そんなアスを、黙ってダンは全て包んでくれた。

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