40.償いと足掻き

 男を蔓の魔法を使いその場に引きずり出す。瞬間、男は指輪の力を使い、空間の裂け目へと消えた。ハッとして後ろを振り向くと、空間の裂け目から伸びた蔓がリアを連れ去ろうとしていた。


「リア!!」


 アスは慌ててリアの手を引く。けれどもリアの手はクリスタルから離れた。


「くそっ」


 咄嗟にアスはリアの手を掴みながら、背中で裂け目に触れる。瞬間、悪意がアスの中に流れ込んでくる。


「アス!!」

「そうだ、それでいい! おまえは神子として死ぬのだ!」


 男の愉快そうに笑う声が聞こえた。

 苦しい。苦しくて、リアの手を掴むのがやっとだった。


「させるか!!」


 と、聞き慣れた声と共に、一つの剣がリアに絡んでいた蔓を切る。


「てめえか! この国をめちゃめちゃにしやがった元凶は!」


 もう一つの声が裂け目に手を伸ばし、そして男をこの場に引きずりおろした。


「アス! 代わって!」


 リアがアスを押しのけ、再びモヤを抑えた。

 頭がくらくらする。けれども視界に見えたロイとストの姿に、アスはどうしようもなく安心した。


「なんで……、ここに……」

「長に呼ばれたんだ! アスを助けろって!」


 別の所に空間の裂け目が現れ、ミレも現れる。


「アス! あやつを縛ってリアの代わりとせい! あやつも神の国の人間じゃ!」

「わかった! リア、離れて!」


 アスはミレの意図を理解し、倒れている男を蔓で縛り付け、裂け目の所に押し当てる。男は一瞬目を見開き、そして苦しそうに顔を歪ませた。


「お主の過ちはお主自身で償うのじゃ」

「は、あはははは!」


 ミレの言葉に、男は笑う。


「償う? どうせ神子でも無い限り死ぬことはない! どうにかできるのは神子のみだ! 修復したところでまた壊せばよい!」

「こんな事をしておいて、次があるわけないだろう」

「はははっ。私をまたどこかに閉じ込めるのか? 何千年、何万年と? そんなことできやしない!」


 男は不気味に笑う。そんな姿にアスはぞっとした。けれども、死ぬために生き続けて来たアス自身、男の気持ちが全く理解できないわけではなかった。


「あなたは、この国と、神子を恨んでるんですね」


 アスがそう言えば、男は愉快そうに笑った。


「ああそうだ。神子とは反対に、同じ魔法を使える私は生贄として幽閉され、まるで道具のように扱われてきた。神子は神子というだけでチヤホヤされ、そのくせいざ死ぬとなったら、死にたくないと喚き散らす。私はほぼ死んだも同然に生かされてきたのにな! だからおまえに初めから死を伝え、器を育たなくし、この国を崩壊させるつもりだった。なのに、おまえは……!」


 男は、アスを睨む。


「道具としての役割をまっとうできないはずのおまえは愛された。何故だ。そして器が育たなくても良いようにと話が進んでいく。おまえは生かされようとしている。憎たらしいことにな!」

「だから無理やりにでもアスに神子の力を使わそうとしたの!? しかもクリスタルを壊して、魔物を一斉に国の中に入れて! 死んだ人もいたんだよ!?」

「名も知らぬ人間など知らぬ。私としては、神子が苦しめばそれでいい! ついでに神子が恨まれればなお良かったのだがな!」


 そう叫ぶ男を、ストが睨んでアスの前に立つ。


「そんなんだからてめえは愛されねえんだよ! アスはどんな状況でも、ずっと周りを第一に気にかけてくれるような奴だ! 自分を犠牲にしてでも! おまえは周りに何かしたのかよ!」

「はっ。わかったような口を聞くな。ずっと幽閉されていた私にそんな事ができるわけないだろう!」

「それは……」


 ストは何も言い返せず、悔しそうに唇を噛んだ。そんなストに、アスはありがとうと言って男に向き合った。


「俺は、この人の気持ちもわかるんだ。やっぱり、死ぬと思って毎日を生きていくのは辛い。だけど俺にはダンやルゼばあがいて、それに皆とも出会えた。皆が色々してくれたから、俺も皆に何かしたかったんだ。でも、この人には誰もいなかった」

「はっ。この期に及んで私に同情でもしているのか? なんとまあ、お花畑な人間だな!」

「だってそうでしょ? もし、一人でもこの人の傍にいたら……」

「でも、アスがもしこの人と同じ状況でも、こんなことはしなかったと思うよ」


 リアが一歩前に出て、アスの隣に立った。


「私も、生贄だったから、気持ちは想像できるよ。でも、やったことは理解できない。この人がどれだけ可哀想な人でも、だったら何をしてもいいって免罪符にはならないんだよ」

「そう、だね……」


 確かに、やったことは絶対に許されない。この人の過去が過去なだけに同情しそうになったが、シールドの境界で起こったあの惨状は、許された事ではなかった。


「その通りじゃ。そして、過ちを犯した者は償わねばならぬ」


 ミレが、一歩前に出た。


「アス、以前こんな話をしたのを覚えているかの。器を無理矢理大きくしようとすれば、すぐに壊れるだけだと我が言えば、お主はどうせ死ぬから壊れても良いと。お主はその後すぐに壊れぬ器を作ってくれたのかもしれん。じゃが、お主の力が足りておらぬとわかった時、神の国では別の器をもう一つ作れないか検証しておったのじゃ。お主に反対されると思って、言ってなかったがの」

「それって……」

「あくまで応急処置的に作ったものじゃ。器が満たされない程でも悪意をある程度封印すれば、器は割れて壊れ、死んでしまうだろう。それでは意味が無いから使わぬ予定じゃったが……」

「ふざけるな!」


 そう叫んだのは、ミレの言葉の意味を理解した男だった。


「神子はこいつの役目だろう! どうして私がやらねばならない!」

「だから過ちに対する償いだと言っただろう」

「やめろ! やめろおおお!!!!」


 ミレは男の手を取った。その瞬間、アスは7年前見た光が男の手を包む。そんな様子を、昔を思い出しながらぼんやりと見ていた。


「させるかあ!!」


 男が生み出した蔓が、アスの腕を掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る