39.時間稼ぎと使い時
「なんで……」
アスがクリスタルの所に行くと、クリスタルに大きな亀裂が入っていた。その亀裂の前に、誰かが座り込んでいる。
「アス!!」
と、リアの声が背後から聞こえた。
「リア! 怪我の治療はもう大丈夫なの?」
「うん、治癒術が使える神の国の人達が来てくれたんだ。それに、窓からアスの姿が見えたから気になってここに来たの。怪我人の量もおかしいし」
「俺も、魔物の量を見てたら気になることがあって来てみたら……」
アスはクリスタルをもう一度見た。リアも不安げにクリスタルを見つめている。アスとリアは目を合わせて頷いて、クリスタルの元へと駆け寄った。
「ミレちゃん!?」
そこには、亀裂に手をかざしながら苦しそうに座り込んでいるミレがいた。ミレは、一瞬驚いてこちらを見つめた。
「何故ここに……。魔物はどうした……」
「ミレさん達の村を参考に、この国を木の柵で囲んだんだ。だから、もうなんとかなると思う」
「そう……、か……」
「それよりこれはどういうこと!? なんでクリスタルが割れてるのさ!」
ミレは申し訳なさそうに眉を下げた。
「お主が何度か会った、長い白髪の男がやりおった……」
「なんでそんなこと……」
「わからぬ……。あやつは罪人として追われておるが……」
「そういえばさっき会ったとき、この国が困れば困るほどいいって言ってた。もしかしたらこの国を憎んでるのかも」
「そうか……」
話している間も、ミレの顔がどんどん青くなっていく。ふとミレの手を見ると黒いモヤが渦巻いていた。
「ねえ、もしかして……」
「神子の……、お主の力を使うのはまだ待て」
アスが口を開いた瞬間、ミレは強い声で言った。
「今……、神の国の者が修復できるよう準備を進めておる……。そして神の国の者であれば、せき止めることはできるのじゃ……。これは修復するまでのつなぎじゃ……。安心しろ……。中に取り込む神子よりも苦しみはマシじゃ……。アス……」
ミレは、アスの手をぎゅっと握る。
「今は待て。まだ、時ではない」
その言葉に、アスはぎゅっと唇を噛んだ。今封印の力を使っても、何も準備は整っていない。避難すらできていない。力も足りていない。きっと今使っても、中途半端に漏れ出して被害を生むだけ。
わかっている。わかっているけど、何もできない事が辛かった。
「ミレちゃん! 神の国の人でできるなら、私でもできるんだよね! なら、交代しよう!」
「……辛いぞ」
「大丈夫! それに、ミレちゃんばっかりに負担させられないよ!」
「……すまぬ」
ミレの手が離れ、リアの手がクリスタルの裂け目に触れる。その瞬間、リアは苦しそうに顔を歪ませた。
「アス、これ、辛いね。これより辛いのアスは頑張ろうとしてたんだ。大丈夫。私も、頑張るよ。だけど……」
リアはアスに向かって手を伸ばす。
「お願い。傍にいて」
アスはリアの手を握った。震えていたリアの手は、ふっと力が抜けて安心したようにアスに手を預けた。
「ありが、とう。アスが近くにいると、安心する」
そう言ってリアは笑った。
苦しいはずなのに、どうしてリアは笑えるのだろうか。見ているだけなのに、アス自身は苦しくて仕方がなかった。
『時間稼ぎをする必要はない。もっと最善な解決策があるぞ』
と、あの男の声にアスは顔を上げた。リアとミレは声が聞こえている様子はなく、あの男が直接頭に話しかけているのだとアスは察した。アスは一先ずその男の話を聞こうと、声に集中する。
『クリスタルを割ったおかげで、悪意に直接触れられるまでになった。つまりは封印できるようになったということだ。今であれば、おまえの器でギリギリ足りるだろう。おまえが神子の力を使い死ねば、全てが解決する』
アスは大きく息を吐いた。きっとあの男は、自分に死んで欲しいのだろうとアスは思う。自分を、いや、神子という存在を憎んでいるようにも見えた。
きっと、先程までのアスであれば迷いなく神子の力を使うことを選んだだろう。けれども、自分は本当は生きたいと思っていたことを自覚した。そのために、困難から逃げずに、何かできるかあがいて、考えて、生きる道を探すことに向き合おうと思ったところだった。
生きたい。けれども、これが一人で解決できないこともわかっていた。
「ミレさん」
アスは小声でミレに話しかける。
「なんじゃ」
「あの男が頭の中に話しかけて来た。今の俺の器と、今のクリスタルのモヤの量なら、俺が死ねばギリギリ封印しきれるって」
「はっ……。あいつ、何を……」
「アス、駄目……!」
話を聞いていたリアが、アスの手を強く握る。
「絶対、駄目だから……! だって、やっと……」
「大丈夫。もうわかってる。俺が生きたいってことも。そのために皆が頑張ってくれてるってことも」
アスの言葉に、リアはホッとしたように力を緩めた。
「だから、あの男がいる事を二人に伝えたんだ。あいつはまた何かしようとしてるかもしれない。どうすればいいかな?」
「お主の頭に語り掛けてきたという事は、あやつは近くにいるということじゃ。アス、あやつからこのクリスタルを守り、捕らえてくれぬか? お主の力なら、あいつを抑え込むこともできるだろう。我は神の国に戻り、やりたい事がある」
「わかった。リア、手をずっと握れないかもしれないけど、大丈夫?」
「うん……! 任せて……!」
ミレは神の国へと消えた。アスは神経を集中させ、周囲を警戒する。
『何故、神子の力を使おうとしない』
と、あの男の声がまた聞こえた。
『死に怖気づいたか。あの馬鹿げた正義感はどうした』
アスはリアの手をそっと離す。男が苛立っているのは、声からも伝わってきていた。
『修復など簡単にできると思うのか? それまでおまえはそこの女が、多くの人が苦しむのを指をくわえて見ているとでもいうのか? おまえの行動一つで、多くの人が苦しむのだぞ』
アスは立ち上がって、リアを守るように立ち上がった。アスに向かって蔓が飛んでくる。それを火の魔法を使って焼き尽くした。
「ちっ。ただの道具でしかない癖に生意気な」
頭ではなく、耳にあの男の声が届く。アスはその方向に向かって、蔓を伸ばした。
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