37.我儘と逃げ道

「アス、おまえ、本気で……」


 震えるロイを見ながら、けれどもアスは感情が抑えられなくなっていた。


「ほんとは皆にだってそんな顔させたくなかった。こんな事になるなら、一緒に旅なんかしなきゃ良かった。そうしたら、皆だって悲しい思いしなくて済んだでしょ?」


 こんな事言っても困らせるだけだとわかっていたのに、どうしようもなくて言葉が止まらなかった。


「ただ唯一望むなら、苦しまずに死にたい。せめて一瞬だけ。クリスタルを見て震えたのは死ぬからじゃないんだ。あのモヤを、沢山の悪意を俺の中に封印するのは、苦しくて辛いんだ」

「悪意を……、アスの中に封印するの……? 浄化じゃなくて……?」


 リアの言葉に、アスは頷く。


「そう。俺の中に沢山の悪意が入ってくるんだ。無視したくてもできなくて、それがとんでもなく、息ができない感じがして苦しいんだ」

「そんな、アスは優しすぎるから、壊れちゃうよ」

「でも、あとちょっとなんだ。あとちょっと耐えられたら、全部封印できるって。ねえ、リアならわかる? 俺に何が足りないか」

「わかんないよ……! わかりたくもない……!」


 リアはそう言って叫んで、そしてぽろぽろと涙を流した。


「ごめんね。皆大切な人を亡くしてるから、死には敏感だよね。大丈夫。俺とは出会って長くもない。そのうち忘れるよ」

「忘れられるか!」


 そう叫んだのはロイだった。


「私はおまえの優しさに救われてきた! ソテラ様の事だって、騎士団の事だって、それ以前だって、私は……! 何度も救われて……! アスに生きて欲しい……! 死んで欲しくない……!」

「でも、俺は……」

「私は我儘なのか? 生きて欲しいって望むことが。アスを生かそうとすることが。アスを更に苦しめようとしているのか?」


 ロイもずっと泣き続けていた。


「ごめん。そんな思いさせて。本当にごめんなさい」

「違う、そうじゃない。私より辛いのは……」

「俺は大丈夫だから。だって、もう何年も死ぬために生きてきたんだよ」

「でも、アスだって死にたくはねえだろ?」


 ストが涙を滲ませながら言った。


「でも、そうしないと……」

「そうしないでよかったら死にたくはねえだろ!? 何も問題なく生き続けられるなら、死にたくなんかねえだろ!?」

「……っ」


 ストの言葉に、思わずアスは顔を歪めた。


「スト、やめて。そんな考えても仕方ないこと……」

「最初から死にたい奴なんていねえんだよ! 誰かを犠牲にして生きることが辛いから死にたいんだろ!? 辛いことの逃げ先が、おまえの中で自分の命を犠牲にするしか無かっただけだろ!? なあ、本当に命を犠牲にしないと逃げられないのか!? 他に逃げ道はないのか!?」

「だって……」

「子供のおまえにもう一度聞いてみろ! 辛いことが全部消えても、死にたいのか!?」

「俺は……」


 そんな事無理だできっこないと思う自分の後ろで、子供のアスが叫んでいた。生きたいと叫んでいた。


 耳を塞ごうとしても聞こえてくる。

 生きたい。全部解決するなら、生きたい。生きたまま楽になれるなら、生きていたい。


 本当は死にたいんじゃない。この苦しみから逃げたかっただけ。逃げる楽な方法が、命を犠牲にするしかなかった、そう思い込んでただけ。他の逃げ道を、探す事すら諦めていた。

 ああ、なんて自分は我儘な人間だったのだろう。自分が楽になるために死を選ぼうとしていたのか。


「俺は我儘だ。逃げたくて死にたかった。本当は生きたいって思ってた」


 口に出してしまえば、どうしてか涙がこぼれてきた。


「我儘なことじゃねえ。俺だって両親が死んだ時、俺も死にたかった。ずっと自分を責めて、こんな最低な命なんかいらないって思ってた。そんな事を思う苦しみから逃げて死にたくなるのは当然なんだ。生きたいのも我儘じゃねえ。なあ、でも生きたいならさ」


 ストは泣きながら、アスの背中を叩いた。


「辛いことの逃げ道、死ぬ以外で皆で探してみようぜ! 一人で考えるより、きっと見つかるからさ!」


 アスが頷くと、途端に何かに押し倒された。


「アス、生きたいんだね……! 良かった……! 本当に良かった……!」


 リアがアスの上で、声を上げて泣いていた。


「その言葉を聞けて安心した……。私の独りよがりなのかもしれないが……。私はおまえに助けられてばかりなのに、こんな時にも上手く言葉が出てこなくて……」

「そんなことない! ロイには、ううん、皆にもいっぱい助けられてきたから、だから俺のせいで余計に悲しませたくなくて……。だから……」

「すぐおまえは俺のせいとか、俺なんかとか言う……。もう言うな。お願いだから、自分の幸せを一番に望んでくれ」


 そう言われても、やっぱり皆の幸せだって大切だ。けれどもどうして、こんかに心が暖かくなるのだろう。


「ということで、長さんよ! 色々と考えられねえか?」


 ストがミレに尋ねる。


「アスの思いはわかった。改めて聞く。お主にとって逃げたいほど辛い事はなんじゃ?」

「えっと……。誰かが犠牲になる事。あと、ここにいる皆を悲しませることも辛い」

「震えておったくせに、結局人のことか。死にたいほど辛いことにクリスタルの封印は入らぬのだな」

「えっ!? いや、無い方がいいけど、死にたいとまでは……」


 アスの言葉に、ミレはふっと笑う。


「どこまでも優しすぎる人間じゃのう。お主は。よし、再度考えてみよう」

「アス。私たちを悲しませたくないなら、死んじゃだめだよ! 勝手にいなくなるのも駄目!」

「えっと……」


 まだ、心から頷くことはできなかった。だってまだ、何一つ解決してない。


「アス。出会ってそこまで経っていないと言っていたが、私にとっておまえは人生に影響を与えた大切な友だ。忘れるな」

「俺だって! 俺がここにいるのは、アスに背中押してもらえたからなんだからな! 俺は友達だと思ってる!」

「あ、ありがと……」


 なんだか恥ずかしくて、アスは目を逸らした。


「こういう時、笑顔にならずに照れるのがアスらしいな。人の事になると一緒になって悲しんだり怒ったりしてくれる。だけど、自分の事になったら笑ってごまかすのだから、酷い奴だ」

「ご、ごめん……」

「ごまかすのだけは、本当にやめてくれ。一人で相談もせずに抱え込むことも、だ」

「はい……」


 ロイの言葉に、リアもストもうんうんと頷いていた。一方アスは、そんなにわかりやすいかと頭を抱えた。


 そうして、一旦城に戻ろうかと話していた時だった。空間の裂け目が、ミレの傍に現れた。


「ミレ殿!」

「なんじゃ、今は取り込み中じゃぞ」

「緊急で伝えることがありまして……」


 その男の言葉に、ミレの顔色が変わった。


「みな、急いで城へ戻れ。我も一緒に行く。急ぎ国の王にも話をしたい」


 ミレの言葉に、アスたちも頷くしかなかった。

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