36.望みと本心
「ねえ、神子の力を使ったら死ぬってどういうこと!? クリスタルの浄化のこと!? それともアスの使う魔法!?」
「何故黙っていた!! 何も言わず死ぬ気だったのか!!」
リアとロイに詰め寄られ、アスは二人から目を逸らした。何をどう答えたら良いのかわからなかった。
「落ち着け」
意外にも、静かに言ったのはストだった。いや、ストはここぞという時には冷静だったなと、アスはぼんやり思う。
「リア。ワープのやつで俺の村に繋げてくれ」
「ストの村……?」
「ああ。長に聞きに行く。神の国の人間が知らねえわけがねえ。それに、アスは今話せる状態じゃねえだろ」
「あっ、ごめん……」
「すまない……」
リアの治癒術を受けてもぐったりしているアスを見て、リアもロイも申し訳なさそうな顔をした。リアが指輪の力を使って空間に裂け目を作ると、ストがアスの前にやってきた。
「立てるか?」
「あっ、うん……」
そう言いつつも力が抜けて立ち上がれないアスを、ストはアスの腕を引っ張って起こした。
ストはアスを見て、一瞬悔しそうな顔をする。そうして裂け目の方を向いたけれども、アスの腕を離そうとはしなかった。
「もう逃がさねえ……。もう……」
そう言ったストの声は、今までに聞いたことがないほどに低かった。
水晶で呼び出されたミレは、何かを察したのかすぐに個室へと案内してくれた。ここに来るまで誰も何も話さず、重苦しい空気が流れていた。
そんな中、口を開いたのはストだった。
「長は……、知ってたのかよ。アスが神子の力を使えば死ぬって」
「……ああ、死っておったぞ」
「なんで教えてくれなかったんだよ!!」
ドン、と、ストが机を叩く。ストの剣幕に、アスは慌ててストの腕を引っ張った。
「待って! 俺が頼んだんだ! 誰にも言わないでって!」
「だからって、こんな重要なこと教えてくれたって良かっただろ!?」
「すまんの。本人が望んでないのに、勝手に伝えるのも良くないとおもったのじゃ」
「本人が、って……」
ストは体を震わせて拳を強く握りしめた。
「ミレ様。死に至る神子の力というのは、クリスタルの浄化に関わる事だけなのですか? それとも、アスの魔法全般が命を削っているということは……」
「通常の魔法は関係ない。クリスタルの浄化のみじゃ」
その言葉に、ロイは少しほっとした表情をする。
「ねえミレちゃん。お父様は知ってるの!? だって知ってたら……」
「知っておる」
ミレの言葉に、リアはショックを受けた顔をした。そんなリアを慰めるように、ミレは優しく笑う。
「一つだけ情報を追加させて欲しい。神子の封印の力を使っただけでは死なぬ。ただ全てを、というのは語弊があるが、神子の、神の国では『器』と呼んでいるが、その器が埋まるぐらいまで力を使わなければ生きることもできるのじゃ」
「なら……!」
「どうせ全てを封印できんのじゃ。我とお主の父は、被害があるであろうエリアから人を避難させ、神子の力を8割か9割程度で留める方向で考えておった。じゃが、問題は当の本人じゃ」
ミレの言葉に、3人の視線はアスに集まった。もう誤魔化せないと、アスは小さく息を吐く。
「さっき、俺に神子の力を与えた人がテストをしに来たんだ。あとちょっと足りないだけになったんだって。だから、あとちょっと頑張れば……」
「おい待て! 生きれるのに、死ぬ気なのか!?」
信じられないという目でロイはアスを見た。
「その人だって言ってた。神の国では俺が全部封印できれば丸く収まるって言われてるって。きっとこの国だってそう。皆は俺と出会っちゃったからそう思ってくれるだけで、大半の人はできるなら全部封印してくれた方がいいって思ってるよ」
「それこそ一部の人じゃ! 人の命に代えられるものなどないじゃろ!」
ミレは必死にアスに訴える。けれどもその隣で、恐らく心当たりがあるのだろう、リアは顔を青くして口をつぐんでいた。ロイも生贄だったリアの周囲の事を知っているからか、唇を噛みしめている。
「方法だって、想定される範囲の人たちの避難でしょ? 城を中心に、何人の人が住み慣れた場所を離れなきゃいけないのかって。しかも、魔物が生まれて住処を荒らされるかもしれない。魔物が人の住んでいる所まで入りこんで誰かが死ぬかもしれない。俺が、全部封印したら全てが解決するんだ」
「全て解決じゃねえよ! アスが死んじまうじゃねえか!」
「逆に言うと、俺一つの命だけで解決するんだ。あとちょっと頑張れば」
「震えてたくせに」
リアが、ぽつりと言った。
「クリスタルの前で震えてたくせに」
「それは……」
「アスと会った時から、私とちょっと似てるって思ってたの。でも、治癒の力使ってその説明しても変わらないから、おかしいな、違うのかなって。でも、やっぱり同じだったんだね。私もね。アスみたいに自分の命諦めてた。でも、生きれるって聞いて、やっぱり嬉しくて、安心して。やっぱり死ぬのは怖いよ……。生きれるなら、生きよう? もしもの話は、これからなんとかすればいいんだよ」
「その通りだ。魔物がなんだ。それをどうにかするのが私たち騎士の役目だ。避難した人たちの生活だって、フォローしていけばなんとかなるはずだ」
リアとロイの言葉に、何か喉がつっかえた感じがした。
生きるって、素晴らしい。その通りなのかもしれない。けれども我儘言ってまで生きたいって一歩が踏み出せなかった。
ねえ、じゃあどうしてリアは、生贄が生き続けられるって知る前は逃げなかったの?どうしてロイは、リアを城に戻すつもりでいたの?
「なあ、アス」
ストがアスを呼ぶ。
「胸に手を当てて自分に聞いてくれ。アスが大人になって考えた事はわかった。でも、子供のアスはどうなんだ?」
そう問われて、皆アスが生きたいと言うことを望まれてると強く感じた。
けれども違う。やっぱり、どうしても、子供の自分に問いかけても、別の感情が溢れてくる。
「辛いんだ……! 誰かを犠牲にして生き続けることが……! 役割すら果たせずに生き続けるのが辛い……! それだったら生きたくない……! せめて出来る限りの事をやって死にたいんだ!」
皆の顔が悲痛な表情へと変わる。けれどもこれが、純粋な自分の気持ちだった。
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