35.笑顔と仲間
「えっ……。やだなあ、何も隠してないって!」
アスは咄嗟にごまかした。けれどもロイは、ロイだけじゃなく、リアもストも、険しい顔を崩さなかった。
「ずっと、何かを隠していることは気づいていた。けれども、あまり踏み込みすぎるのも良くないかなと、おまえが私たちを頼ってくれるまで待とうと、話してくれるまで待とうと思っていた」
「えっと……」
「でも、おまえに助けられて、私たちだっておまえを助けたいって思った。リアやストだって、そうだろう?」
リアもストも、真剣な顔で頷く。
「それに、ソテラ様ならおまえをほっとかない。おまえが教えてくれた事だ」
「だ、だから、何も隠してないって!」
「嘘だ」
ロイは低い声で言った。
「知ってるか? おまえは何かをごまかすとき、笑うんだ。異常なほど元気に」
アスは思わず自分の顔を触った。そんなに笑っていただろうか。確かに、意識して笑顔は作っていたかもしれない。
「いや、そんな、笑うなんて別にごまかすことなくても……」
「アスは普段、リラックスしてる時はそんな笑ってないよ」
「えっ……」
リアの言葉にアスは何も言えなくなった。
「ほら、観念して言えよ!」
「そうだよ。皆で考えた方が解決することだってあるんだよ!」
「私たちは、もう大切な仲間だろう?」
封印するのは辛いんです。苦しまずに死にたいんです。
そう心の中で言った途端、頭の中の皆の表情が歪んだ。
違う、そんな顔をさせたくない。自分なんかのことで、そんな顔をさせたくない。優しい皆には、幸せな顔で笑って欲しい。
「仲間じゃ……、ない……」
思わず出たのはそんな言葉だった。皆の顔が驚きの表情に変わる。
でも、これでいいのかもしれないと、アスは思った。敢えて拒絶して、嫌われて。一時は傷つけるかもしれないけど、きっとこんな酷いこと言う奴なんて憎んで嫌って、皆だけで幸せになる。
「何馬鹿なこと言ってるの? まだ俺達出会ってそんな時間も経ってないじゃん! なのに勝手に仲間なんて言われてさ! ……迷惑だから! こんな踏み込んでくるの!」
「アス……」
「ほんと鬱陶しいんだけど! いい加減手を離して……!」
ロイの顔が悲しそうに歪む。
本当はそんな顔をさせたくない。けれど、きっとこれで嫌ってくれるだろう。
これで終わり。後は時が来たら封印して死ねばいい。
アスは魔法を使って強い風を起こす。そうして、皆の視界を遮る。
ロイの手が、離れた。その隙にアスは逃げた。
ああ、でも。と、アスは思う。
その場から去るときも、傷ついた皆の顔がこびりついて離れなかった。
少しでもそんな顔をさせるなら、最初から出会わなければ良かったな。
アスは建物を飛び出し、必死に人気のない方へと走った。ロイに取られた指輪を取り返さなかったことだけが後悔した。できるなら、すぐにでも皆から離れたかった。
「久しぶりだな」
と、突然アスの目の前に見たことがある人影が現れた。アスが顔を上げると、白髪の男がそこに立っていた。男は、アスの顔を見てフッと笑う。
「あがいているようだな。そんなにも死にたくないか」
「違っ……!」
「まあ良い。再びテストをしよう」
そう言って、男は以前と同じ黒いモヤのある小さなクリスタルを取り出した。それを見た瞬間、あの日の事を思い出して体が強張る。けれども、自分の器がどうなっているのか知りたくもあった。
そんなアスを見て、男は嘲笑う。
「知っているか。神の国では、おまえがクリスタルのモヤを全て封印できれば丸く収まると話している者が多い。一部の者が反対しているがな」
その言葉に、アスはぎゅっと目を閉じた。わかっていた事なのに、胸の奥が痛いのは何故だろうか。
「まあ、私としてはおまえやこの国が困れば困るほど良いが」
そう言って男は、クリスタルをアスの額に当てた。その瞬間、あの声が絶え間なくアスの頭に流れ込んできて、かき乱す。
駄目だ、耐えなければとアスは体に力を入れた。耐えなければ。耐えることを望まれているのだ。
ふっと体が軽くなる。けれどもまだ頭はくらくらして、アスは思わずしゃがみ込んだ。
男の方を見ると、男は驚いたように手のクリスタルを見ていた。そのクリスタルは、前に見たよりもモヤが薄くなっている気がした。
「ほう。まさか器が育っているとはな。あとほんの少し足りないと言ったところか」
「あと、ほんの少し」
嬉しいはずなのに、どうしてか心から喜ぶことができなかった。そんなアスを、男は馬鹿にしたように笑う。
「はっ。おまえは自分が死ぬことを望んでいるのか。なんとも滑稽な」
「だって、俺が守らなきゃ……」
「おまえはただの道具のような扱いなのに、吐き気がする程の正義感だな」
「でも、皆が喜んでくれるなら……!」
「気に入らぬ」
勢いよく男の後ろから蔓が伸び、アスの首元に絡みつく。抵抗しようにも、体も頭も上手く動かなかった。
「アス!!」
と、突然聞き慣れた声と共に目の前で蔓が切られる。二つの影がアスの前に立ち、もう一つがアスの傍に駆け寄った。
「アス、大丈夫!?」
優しい光がアスを包み込む。怪我でも病気でもないアスの体を光が楽にすることはなかったが、それでも心は少し安心した。先ほど傷つけたばかりのはずの3人の姿が、これ以上甘えるわけにはいかないのに、どうしようもなく安心してしまった。
「皆、なんで……」
「なんでって、友人の危機を助けるのはあたりまえだろ!」
「でも、俺、皆に酷いこと……」
「言っただろう? おまえは何かをごまかすとき、笑うのだと。あんなに泣きそうな笑顔で言われて、嘘だとわかるに決まっているだろう」
「あっ……」
全部バレていて、少し恥ずかしくて、けれども心はじんわりと温かくなった。これじゃいけないのに、一緒にいても傷つけるだけなのに、皆に縋り付きたくなった。
「ねえ、アス。私たち、そんなにアスの力になれないほど、頼りないかな?」
リアが少し寂しそうに言った。その言葉が、先ほど皆が傷ついた顔の理由だと気づいた瞬間、アスは泣きそうになった。
皆が好きだ。優しくて暖かい皆が好きだ。
「はっ、ばかばかしい」
男の冷たい声が、その温かい空間を切り裂く。
「元々は神子の力を使って死ぬ運命にあった者。そいつをどうしてそこまでして守ろうとする」
皆、言葉が出ないまま大きく目を見開き、そしてアスを見た。
「なんだ。こいつらには言っていなかったのか。まあ私には関係ない」
そう言って男は空間の裂け目へと消えていく。ロイがふらふらとアスの前に来て、そしてがっとアスの肩を掴んだ。
「おい、アス!! どういうことだ!! なあ、アス!!」
まだ死んでもいないのに、皆泣きそうな顔をしていた。
そんな優しくて温かい皆が大好きだ。だから。だからこそ。
そんな顔をさせたくなかったのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます