34.皆のためと隠し事

 リアへの伝え方はユマの事が思いついたら、簡単に思いついた。ロイに、リアが助けた人達を教えてもらって、その人達と一緒にリアに伝えに行く。リアの能力上、ロイが知っているだけでも沢山救った人がいて、その人達に協力して貰うとリアは嬉しそうに泣いた。


「ずっと後悔から逃げるために助けてきたから、助けるたびに私の中のお母様が喜んでるって思わなかった」


 リアはそう言ってくれて、いつも助けてくれるリアの助けに少しでもなれたのならば良かったとアスはホッとした。隣で見ていたストが、アスの肩に手を回す。


「俺も、俺の中にいるおやじとおふくろの事、考えてみるか!」

「絶対素敵な形でいるよ!」

「そうだな! サンキューな!!」

「私からも、本当にありがとう。自分が何をすべきか考えるきっかけになった」


 ここまで皆から感謝されると思わず、大げさだと言いたくもなったが、空気を壊したくもなかったのでアスは何も言わなかった。少しでも心が楽になってくれたのなら、嬉しいことだった。





 それから数日、何事もなく日々は過ぎていった。魔物への対応も、流石は騎士団、数日経てば大半の人が一人で1体は倒せるまでには変化していた。

 あれだけ腰を抜かしていたゼットやラクトも、今では対応できるようになっていた。まだ二人からロイへの当たりはキツイが、騎士団から二人を見る目は冷めていて、寧ろ二人の方が居場所を失っていた。


 対してロイの周りは人で溢れていた。少し前まではゼットやラクトの目線を気にしていたが、今ではそれもなくなった。自信のついた、晴れやかな顔をしていた。


 アスも手伝いながら、国王陛下に言われた事を深く考えるのを止めていた。考えると未来を描きそうになって、けれども皆の平和な生活を崩してまで自分の命を守りたくはなくて、ずっと堂々巡りだった。けれども国王陛下から呼ばれることはなく、代わりに話しかけてきたのはリアだった。


「アスー! 神子の生活はもう慣れた?」

「やたら誰からも畏まって対応されるのは慣れないけどね。生活としては慣れたよ」

「あはは。まあ王宮内だとマナーとかうるさいからねえ。あ、そうそう、お父様から提案されたんだけど」


 リアから国王陛下の話題が出た時、アスは一瞬緊張した。国王陛下も、勝手にバラす事は無いと信じたいが、リアやロイ、ストには絶対に知られたくなかった。


「クリスタル、見に行かない? そう言えば、アス見たことないもんね! お父様から聞いたのだけど、壊すけどやっぱり浄化はしなきゃなんでしょ? 一度見に行こうよ!」


 リアはクリスタルの浄化がアスの命に関わるということはまだ知らないような口ぶりだった。それにアスは安心する。


「いいね。俺も見てみたい」

「せっかくならロイとストも誘おう! まあ、ロイは何度も見てるけど」

「そんなに何度も見るものなの?」

「うん! だって綺麗なんだもん! 私も何度も見たよ!」

「へー。なんだか楽しみ」


 実際、綺麗かどうかは別として、一度どんなものか見てみたくはあった。それに、場所を知っていると指輪の力で一瞬でとんでくる事もできる。

 ロイやストも誘うと、二つ返事で行くと返って来た。


「そういえば、長らく見ていなかったな。壊すのであれば、見納めておきたい」

「そんなにすげーのって、楽しみだな!」


 ワイワイと盛り上がりながら、アスたちはクリスタルのあるという場所へ向かった。

 クリスタルのある場所は、大聖堂と変わりない、それ以上に豪華な建物の中にあるという。警備もされていたが、流石にリアとアスがいればすんなりと通された。


 建物は古く、けれども絵や彫刻等が細かく施され、如何に歴史的にクリスタルが重要なものとして扱われてきたかが見て取れた。リア曰く、昔になればなるほど信仰の対象としても扱われてきたらしい。クリスタルは、建物の最奥部にあった。


 ロイが前に出て、大きな扉を開ける。目に飛び込んできたのは、3階建ての建物の天井まで伸びるように大きなクリスタルだった。


 大きすぎる。

 これがアスの抱いた最初の感想だった。


「すっげー! こんなにでっけーとは思わなかったぜ!」

「ほんと、私も最初見た時はびっくりしたよ!」

「もっと近づいてもいいか!? もっと近くで見てみてえ!」


 ストが興奮気味に問いかける。


「大丈夫だよ! 触っても平気だし、不思議と汚れとかつかない、はずなんだけど……」


 リアが少しだけ心配そうにロイのほうを見た。


「やはり、リア様もそう思いますか」

「ん? 二人ともどうした?」

「うん。中にうっすらと黒いモヤが……」


 確かに、クリスタルの中には黒いモヤが薄く渦巻いていた。

 ふと、アスは男の持っていた小さなクリスタルを思い出す。男の持っていた手に収まるほどのクリスタルには、もっと濃いモヤがあふれ出ようとしていた。


 ふと、あの時の感覚が蘇る。あんな僅かなモヤでも苦しくて、息が出来なかった。それを、本番ではここにある全部を封印しなければいけないというのだろうか。

 アスの体が震える。


 こわい。


 死ぬことよりも、クリスタルに触れた時の苦しみを想像して息が苦しくなった。せめて楽に死なせてくれたらいいのに、この巨大な悪意を全部受けないといけないというのだろうか。


 駄目だ。頑張らないと。皆のために、頑張らないと。これだけは、これだけは少なくとも頑張らなくてはいけないのだ。


「……ス! アス!! 大丈夫か!?」


 と、ロイの声にアスはハッと顔を上げる。やばい、自分の中に入りすぎたとアスはニコリと笑った。


「あ、ごめん! 呼ばれてるのに気づかなかったや! ちょっと考え事してて!」

「アス、顔が青いよ?」

「えっ、そう? クリスタルの光でそう見えるだけじゃない? それよりほんと凄いね! こんな大きいとは思わなかったや。ねっ、スト!」

「えっ、あっ、ああ……」


 まだ三人とも怪訝そうな顔をしていたが、アスは必死に何事もないように笑顔を作った。

 ロイはため息をついて、アスに近づく。そして、逃がさないようにとアスの手首を掴み、持ち上げた。

 その瞬間、指にはめていたワープ用の指輪を外される。


「えっ、ちょっと、何すんのさ……」

「おまえが逃げないためだ」


 真剣な顔でロイはアスの目を見つめる。アスは怖くなって、目を逸らした。ロイの息を吸う音が聞こえる。


「アス。おまえ、何か隠してるだろ」


 ロイの言葉が、アスを鋭く刺した。

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