33.代弁と押せた背中

「ここの肉はなかなか上手いな」

「そうだね。良い感じに油のってる。このポテトも良い感じの塩気だよ」

「酒を飲まないのに、酒飲みのようなセリフを言うんだな」


 そう言ってロイは笑う。とある飯屋で、アスとロイは他愛もない話で盛り上がっていた。

 他愛もない話をするのはアスの得意分野だった。けれども真面目な話は苦手だ。少なくとも、酒を飲んで気分良さげに笑っているロイを見ると、話すのは今じゃない気がした。


「おまえは聞き上手だな」


 ロイがアスに言う。


「こうして色んなことを話してると、色々と忘れながら時間が経つのがいい」


 別に自分は聞き上手なわけではないと、アスは思う。相手が話したい事があるのに、わざわざ自分の話を割り込ませるのが好きではないだけだ。相手が話すのが苦手であれば、相手が好みそうな話を選んで話すだけ。自分が話すより、相手が楽しく話してるのを見る方がアスは好きだった。


「もう少し付き合ってくれないか?」


 食事を終えたロイは立ち上がりながら言った。


「いくらでも付き合うよ。ロイには色々とお世話になったからね」

「感謝する」


 向かった先は騎士の練習場だった。昼間とは異なり誰もいない練習場は、広くて足音が空に響く。

 そんな中、ロイは剣を取り構えた。


「懐かしいな。リア様専属の騎士になる前はこうやって練習したものだ」


 そう言いながらロイは剣を振る。その剣には身長や体格を活かしたからこその勢いがあって、昔小さかったようには見えなかった。


「身長が伸びる前の見習い時代も、よく騎士たちが訓練を終えたここに来ては自主練習をしていた」


 そう言ってロイは少しかがんで、目の前にあった練習用の藁の中心部を狙って剣を振った。


「この身長だと、相手の剣にやられてしまうな。昔は相手の振る剣の下に潜り込めた」

「これがソテラ様に教えてもらった事?」

「ああ、そうだ」


 ロイは懐かしそうに目を細めた。


「自分より背の高い相手に勝てなくて、やられっぱなしで、馬鹿にされて、もう騎士なんてやめてしまおうと思った時、一緒に背の低い騎士の戦い方について調べてくださったんだ。最初は俺のほうが投げやりだったけど、やれる事があるならそれにチャレンジしてから諦めろって、背中を押してくれてな」

「そっか……」


 ふと、どこかで聞いたことがある話だなとアスは思う。それを思い出した時、伝えるのは自分の言葉である必要はないと気付く。


「ねえ」

「……なんだ?」

「ユマって人、ロイは知ってるよね」

「私の後輩だが……。何故、今彼が出てくる……?」


 ロイは明らかに困惑しているようだった。


「その、ユマさんに今から会える?」

「あ、ああ。恐らく騎士の宿舎にいるだろうし、彼の部屋は私も知っている」

「それなら、今から行こう」


 騎士の宿舎は、訓練場から遠くはないところにあった。ノックをすると、私服に着替えたユマが部屋から出てきた。


「あ、ロイ先輩! お疲れ様です! 今回はどうされ……、はっ、神子様まで……! いったい……」

「夜遅くにごめんね。俺が頼んだんだ」


 ユマは明らかに緊張してアスとロイを見ていた。そんなユマに申し訳なくなりながら、アスは言う。


「ユマは俺にロイの事話してくれたよね。できれば、ロイに直接言って欲しいんだ」

「か、構わないですけど……」

「ちょっと待て、二人で何を話してたんだ!?」


 ロイも明らかに動揺してユマを見た。そんなロイを見て、ユマも動揺する。


「あ、別に変な事は言ってないです! 私が騎士になるか迷ってた頃、背中を押してくれた事を話してただけで!」

「そ、そういえばそんな事もあったな……」

「はい! あの時教えてくださった背の低さを活かした戦い方は、今でも役に立ってます! それに、せめてチャレンジしてから諦めろってロイ先輩が言ってくださった言葉が私の支えになってます!」

「そ、それはだな……。私の言葉ではなくてだな……」


 ロイが言おうとした言葉の続きが想像できたアスは、ロイの背中にそっと手を当てた。


「ロイの中に、ソテラ様は生きてるね」

「えっ……」


 突然のアスの言葉に、ロイは言葉を失ってアスを見た。


「ソテラ様は困ってる人をほっとけなくて、1日を無駄にしたくない人って聞いたから。だから死んだとき、何もできなくなって悔しかったのかもしれない。そんな中、自分が助けたロイが自分がするのと同じように誰かを助けて、それが繋がっていってたら、ソテラ様は嬉しいと思う」

「ソテラ様が……、嬉しいか……」

「って、あくまで想像だけどさ! あっ、ええっと、俺も国王陛下にソテラ様の事を聞いて、なんとなくそう思っただけで……」


 ふと、アスは勝手に何も知らない自分がソテラ様の事を語るのはロイに取って不快だったのではと思い、焦る。けれどもロイは、嬉しそうに笑った。


「私はずっと過去に囚われてソテラ様に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、そうか。私の行動がソテラ様に喜ばれているかもしれないとは、思いもしなかった」

「自分はずっとロイ先輩に感謝でいっぱいでした! でも、それの元はソテラ様のお言葉だったのですね! 私も後輩に何か繋げられるように頑張ります!」

「ユマ……、頼むぞ……! そして、アス……。ありがとう……」

「いや、そんな……。俺、今まで気の利いたこと全然言えなかったからさ」


 ロイの助けに少しでもなれたのかと思うと、なんだか嬉しくなった。


「リア様にも同じように伝えられたら良いのだが」

「その事なんだけどさ……」

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