32.理想論と現実論

「君が残された側ではなく残す側ならわかると思った理由は、君が残す側だからかな」


 国王陛下の言葉に、アスは何故国王陛下がその事を知っているのか理解ができず、言葉が出てこなかった。


「どうして、それを……」

「ミレさんから聞いたよ。クリスタルの悪意の封印をして歴代の神子が死んできたことも。そしてその封印に、異常なまでの苦しみを伴うことも。……そして、アス君がリア達に黙っていることも」


 国王陛下とミレが会って話をしたことは、同席はしていなかったが話には聞いていた。けれども、まだ国王陛下で良かったのかもしれないと、アスは思う。


「国王陛下なら、この国にとって一番の判断をしてくださいますよね?」

「アス君。君もこの国の一部なのだよ。君は生きたいと思わないのかね?」

「俺が生きることで沢山の人が苦しむのなら、そこまでして生きたいとは思わないです。寧ろ、そこまでして生きることが辛い」


 そう国王陛下に言えば、国王陛下は悲しそうに顔を歪めた。出会ったばかりの国王陛下にすらそんな顔をさせてしまう、人の死とはやはり恐ろしいのだと改めて思う。


「お願いします。クリスタルを壊すにしろ残すにしろ、もし俺が死んだら俺が死んだとわからないようにしてください。旅に出たとかそんな感じで。生きているかもしれないと思えるなら、死んだと知るより、皆の気持ち的には……」

「クリスタルは壊すことにした」


 アスの言葉を遮るように、国王陛下は言った。


「しかし、やはりクリスタルを壊すと魔物を生み出す瘴気のようなものがあふれ出し、生きた人間や生き物には影響せずとも、胎児に影響が出るだろうと神の国での実験でも明らかになった」

「なら俺が……」

「しかし! 神子の力は足りていない。けれども、可能な限り浄化を行えば、範囲は限定的になり且つ予測できるというのも明らかになった。破壊する日を決め、大掛かりではあるが、一部の人間が一定期間避難すれば良い。ネズミなどが魔物化した場合は、騎士が対処すればよい。……アス君。それでも君に苦痛が伴うことになる。けれども、君が8割程の封印で停めれば、君も生きれるのだよ」


 生きれる、という言葉にアスの心はぐらりと動いた。けれども同時に、本当に? という言葉が頭の中に溢れていく。少し期待して、けれども駄目だったとわかった時のショックも大きかった。生きられると信じることが怖かった。


「も……、もし、俺に、全部を封印できる力がそれまでに付いたらどうするんですか……?」

「それは……」

「そもそも俺の命なんかのために、そんなにも多くの人に迷惑をかけるなんて……」

「自分の命を『なんか』と言うものではない。命に勝る迷惑なんてない。もう頑張る事は無いのだよ」

「でも……」


 生贄は生贄として死ぬことを皆から望まれていたでしょ。そう言おうとして、アスは口をつぐんだ。

 その言葉を、リアの父親である国王陛下に言う勇気はなかった。けれども、その現実が未来への期待を考えそうになるのを止めた。

 わかっている。命の方が大切だと言うのは、アスを知っている人だけ。知らない人は、きっと命よりも自分達の暮らしを守ることを優先する。


「何故、そんなにも生きることを拒む? 目立つことが苦手であれば静かに生きれるようにしても良い。あるいは……」


 国王陛下の言葉に、アスは思わず耳を塞いでいた。聞けば聞くほど、未来が勝手に描かれそうで怖かった。

 未来を思い描けば描くほど、あの声が、おまえなんかのために皆の暮らしをぐちゃぐちゃにするのかと罵った。そんなアスを、困ったように国王陛下は見つめた。


「もう少しゆっくり考えなさい。アス君の命だって、世界を守るためだけに生まれたものではないのだよ」


 そんな事を言われても、それ以外の用途が見つからなかった。そのまま逃げるように、アスは自分の部屋に戻った。






 また、あの『声』が聞こえた。クリスタルに触れた時のあの声だ。その声は、おまえの力が無いせいでとアスを罵った。


 アスは目を閉じる。すると、城と、活気にあふれた城下町が思い浮かぶ。今までいろんな人がいろんな形で過ごしてきた場所。


 そこを捨てさせて、生活を台無しにするのか。しかも魔物に荒らされる可能性もあるのだ。更には、魔物が避難してない地域に入り込んで誰かを殺すかもしれない。おまえのせいだと罵る声が、更に頭の中で増殖していく。


 国王陛下の言う事は綺麗事だ。実際は生贄が生贄として死ぬことを多くの人が望んでいたように、神子も神子としての役割を望まれている事も知っていた。自分の力が足りなくてこんな事になっているのに、生きたいなんて言えなかった。


 と、突然のノックの音に、アスは顔を上げた。何かに気を取られると、声は消えていく。アスは声から逃げたくて扉を開けた。


 そこにいたのは、ロイだった。ロイは申し訳なさそうな顔でそこに立っていた。


「どうしたの?」

「いや、なんとなく……。飯でも行かないか?」

「そういえばもう夕方か。いいね、リアやストも誘う?」

「いや、二人は……」


 ロイは気まずそうに目を逸らした。


「何かあった?」

「いや、その……。二人とも私に気を遣ってくれているのはわかるのだが……。二人も私と同じ経験をしてると思うと、なんだかいつまでもうじうじしてる自分と比べてしまってだな……。でも一人でいるのは……」

「いいよ、二人で行こう」


 アスはニコリと笑って言った。


「すまない……」

「気にしないでよ。こうやって頼ってくれた方が俺も嬉しいし」


 そうだ、ロイの心を軽くしたくて国王陛下に話を聞いたんだとアスは思い出した。今はそっちに集中しなければと、アスは部屋からロイの手を引いて外に出た。

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