31.残す側と残される側

「本日はお時間頂きありがとうございます、国王陛下」

「かまわないよ。私も丁度アス君に聞きたい事があったからね。人払いも済ませてある」


 次の日、アスが依頼したのは国王陛下との面会だった。ソテラ様のことをもっと知ることができればと思ったのはよいものの、今のロイやリアに聞くわけにもいかなかった。

 他に聞いても良いが、せっかく神子なのだから、ソテラ様と夫婦である国王陛下に聞くのが一番だろう。そうして時間がある時にと依頼した面会だったが、国王陛下も用事があったらしく、すんなりと通された。


「その、聞きたい事と言うのは……」

「アス君の要件が先でかまわないよ」

「いやでも、俺の用事はそんな大したことではないので……」

「それならば先に済ませてしまおう。私のは長くなりそうな話だからね」


 そう言われれば断る理由もなく、アスは口を開いた。


「ソテラ様の事を教えて頂けませんか」

「……その目的を聞いてもいいかね?」

「ロイのためです。……その、俺は大切な人を亡くしたことが無くて、気の利いた言葉をかけることができなくて。ソテラ様の事がわかれば、その……」


 ソテラ様の気持ちならわかるかもしれない、とは言えずアスは口ごもった。そんなアスを見て、国王陛下は目を細める。


「……リアの事も頼めるか。あの子は治す力を持っていたからこそ、後悔がずっと勝ってしまっているのだ」

「……! 勿論です!」

「ありがとう。これから先、普通の人よりも長く生きるのであれば、ずっと後悔が残り続けるのも辛いからね」


 そう言って国王陛下は、窓の外を見つめた。


「何から話せばいいかな。ソテラは、悲しんでいる人や困っている人をほっとけない人だった。貴族も平民も関係なく、助ける人だったよ。目の前の事だけじゃなく、どんな政策が必要か、アイデアも豊富でね。まあ、具体的に詰めるのは苦手だったから、私や宰相が作っていたがね」

「なんだかソテラ様はリアさんに似てますね」

「元々リアは行動力のあるほうじゃ無かったのだけれどね」


 国王陛下は、困ったように笑った。


「良くも悪くも、ソテラの死がリアを変えたと思う。ロイも同じだ。昔はもっと臆病で、リアと一緒に城を飛び出すなんてできない子だった。ソテラの死から、二人は変わった」

「悪いことばかりじゃ無かったんですね」

「そう思わないと、私もやっていけなかったというのもあるけどね」

「そう、なんですね……」


 リアもロイも、表向きは明るかった。皆んなそうやって前を向こうとはしてるのだ。置いていく側が、なんて声をかければいいのだろうか。


「……今思えば、ソテラは生き急いでいたようにも見えてね。今から思えば、自分の死を予感しておったのかもしれないな」

「生き、急いでいた……?」

「異常なまでに、一日一日を無駄にしたがらなかった。この時間に何ができるか、何をしたらよいか、常に考えていたよ」


 それを聞いて、アスはやはりソテラ様は自分と違うのだと思った。時間を無駄にしてきた自分とは大違いだった。リアやロイも変わったとはいえ、やはり二人の方が似ている気がした。


「リアさんも、何かを残したがっていました」

「何か?」

「はい、クロをどうにかしたかった理由も、リアさん自身が何かをして国を守って、自分の生きた証を残したいと言っていました」

「そうか、リアが……」


 そう言うと、国王陛下は何かを考えるように目を閉じた。

 生まれた静寂に、アスはふと思う。アスは自分の死を知った瞬間から、生きた証を残せることを決められていた。

 もし何も残せず死だけを知ってたら、自分も違ったのだろうか。死ぬのなら、せめて何かを残したいのだろうか。


 と、国王陛下と目があった。


「……ソテラは、何かを残せたと思うかい?」


 一瞬、国王陛下がどうして自分にそんなことを聞くのか、アスにはわからなかった。だって、国王陛下の方がソテラ様の周りの事を知っているはずだった。

 そして、国王陛下が求めているのはリアとロイの事であると気付く。そもそも、この話の始まりもリアとロイの事だった。


 アスは目を閉じる。自分がソテラ様だったら、何を二人に残すことを望むだろうか。ただ幸せに生きて欲しい、だけじゃ何か足りなかった。


 ソテラ様は悲しんでいる人や困っている人をほっとけない人。貴族も平民も関係なく、助ける人。

 あれと、アスは思う。ソテラ様の事を考えているのに、どうしてかリアとロイの事を考えているような気がした。


「そうですね。残したというより、二人の中に生きてる気がします」

「二人の中に生きている、か」

「そして二人が未来にそれを繋いでくれたら、それが生きた証になるかなって」


 もし仮に本当に死を予感していたとして、その死が誰かに傷を残しても、自分のやることが未来に繋がっていてほしい。アス自身、世界のために死ぬとして、未来に繋がらないのは虚しい気がした。


「そうか……。そうだね……。私の中にもソテラはいつもいる。そうだね……。ソテラと出会えたから、私が未来や誰かにできる事が増えた……。ありがとう、アス君」


 国王陛下は涙ぐんでいた。そうして暫く無言の時が続き、国王陛下は小さく息を吐く。アスはただ、ぼんやりと良かったと国王陛下を眺めていた。

 そんなアスを、国王陛下はまっすぐ見た。


「一つ、質問がある」

「なんでしょう」


 アスは、深く考えずに国王陛下の言葉に答えた。


「君が残された側ではなく残す側ならわかると思った理由は、君が残す側だからかな」


 その言葉に、アスは思わず息を止めた。

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