30.気持ちと理屈

 その後ストも合流し、訓練は滞りなく行われた。ストの実力も騎士団の中で注目されるレベルだったらしく、ストの性格もありすぐに騎士団に溶け込んでいた。

 ロイとストは実施訓練、アスは魔物の種類など座学を担当して役割分担を行った。弓兵はいたけれども、流石に魔法を使う前提のアスの戦い方を教えるには無理があった。


「なんかこう、このメンバーで集まるのも久々だな! いやまあ、リアはいないけど」


 訓練が終わった後、ストがアスとロイに言った。


「まあ、アスは何かと忙しそうだったものな」

「ストは王都楽しめた?」

「ああ! もう感動しっぱなしだったぜ! 建物もすげえし、食い物も見たことねえもの沢山あんだ! しかもうめえし! チルアや皆に土産いっぱい持って行ってやりたいぜ!」


 ストはここに来た頃と変わりなくテンションが高かった。

 アスはちらりとロイを見る。ロイは一見変わりなく、訓練も普通に指示し、こなしていた。けれどもふとした時に、どこか遠くを見つめていた。


「なあ、アス! 今日は時間あんのか? 久々に飯でも行こうぜ!」

「あ、うん。この服着替えれば大丈夫だと思う。ロイは……」

「……そうだな。少し行きたいところがあるから、遅くなるけどいいか?」

「大丈夫」


 アスがそう言うと、待ち合わせ場所と時間を伝えてロイはどこかへと向かった。それは城の方角でもあった。


「……なあ、ロイ、今日なんかおかしくねえか?」


 と、ストが去っていくロイを見て言った。やっぱり、ストから見てもロイに違和感があったのだろうとアスは思う。ストは後から来たから、何があったのかは知らなかった。


「うん、まあ……」

「なんか俺のいねえときにあったのか?」

「ちょっと、ね」


 アスがさっきあったことを簡単に話すと、ストは険しい顔をしてロイが去っていった方を見た。


「ロイを追おう」

「えっ?」

「俺の勝手な心配かもしれねえけど、あんま一人にさせちゃいけねえ気がする。どんだけ頭でわかってても、気持ちは別なんだ。一人でいるほど、余計なこと考えちまう」


 アスはふと、村でロイがストの気持ちがわかると言っていたことを思い出した。同じように、ストもロイの気持ちがわかるのかもしれない。

 アス自身は大切な人を亡くしたことはなかったから、本当の意味で理解できていなかった。けれども、ストの顔を見たら一人にさせるのは良くない気がした。改めて、誰かが死ぬということは心に傷を負わせる事なのだと思う。


「アス! スト!」


 ロイの行った方に向かっていると、リアが向こうから走ってきた。


「リア! 一人でどうしたの?」

「ううん、ロイが見えてお城抜けて来たんだけど、様子がおかしいからなんかあったのかなって。そう思ってたら二人が来たから……」


 アスがストの方を見ると、ストも同じ事を思ったのか頷いた。アスが先程ストにした説明をすると、リアもストと同じ顔をして、ロイが去って行ったであろう方角を見た。


「多分、聖堂に行ったのかなって」

「聖堂?」

「うん。お母様が眠る場所」


 アスが何かを言う前に、リアは空間の裂け目を作った。


「聖堂に繋げたから、行こう」


 アスは無言で頷いて、リアに続いた。




 リアに案内された場所は建物の地下で、外よりもひんやりとしていた。そこにぽつりぽつりと、棺が置かれている。歴代の皇族がここに眠っているのだという。

 その一つの棺の前にロイはいた。ロイは暫く祈りを捧げて、その後もぼんやりと棺を見ていた。


「ロイ!!」


 と、リアがロイの方にかけて行った。アスとストも、リアの後ろからロイに近づいて行った。ロイは驚いたように三人を見つめていた。


「どうして……」

「アスから聞いたよ。それに、ロイなんだかおかしかったから」

「心配をおかけし、申し訳ありません。……理解しております。私のせいではないと。だから、大丈夫です」


 そう言いながらも、ロイは辛そうな顔をしていた。


「頭と心は違うだろ。大丈夫ならそんな顔してねえって」

「それは……」

「私だって何度も思っちゃう。もしお母様に魔法を使ってたらって。なんども、今考えても仕方ないって思っても」

「リア様……」

「今日はあんま一人になんな。じゃないと、もしもが溢れちまう。そうだろ?」

「スト……。ああ、頼んでもいいか?」


 その日の夜は、4人で夕食を取ったあと、男三人でロイの部屋でロイが寝るまで他愛もない話をした。ロイが寝て、それを見たストも寝て、けれどもアスは眠ることができなかった。

 リアとストはすぐにロイを楽にする言葉を投げかける中、アスだけはロイへなんて言葉をかけたらいいのか、ずっとわからなかった。リアもストも、きっと痛い程気持ちがわかるのだろう。けれどもアスが考えてしまうのは、ソテラ様の気持ちだった。


 もし自分がソテラ様だったら、自分の死で誰かがこんなにも長い間苦しんで欲しくなかった。叶うなら、自分のことなんか忘れて、幸せに暮らして欲しい。

 ふと、自分が死んだ後も、こんな風に皆を傷つけてしまうのだろうかと思う。出会ってそこまで時間の経っていない自分が、ソテラ様と同じだとは思えない。けれどもどうしても、自分の未来とソテラ様の気持ちを重ねてしまった。


「ソテラ様……」


 と、ロイがそう言って寝返りを打った。ロイを見ると、寝ながら涙を流していた。アスはそっとロイの頭を撫でる。

 お願いだから、こんなにも悲しまないで欲しい。こんなにも自分を責めないでほしい。ロイの気持ちより、ソテラ様の気持ちが勝手に想像しては溢れてくる。


 アスは、ハッとして顔を上げた。ソテラ様の事は何も知らなくて、ただのアスの気持ちでしかない。けれども三人が共感し合ったように、自分の死ぬ未来のおかげでソテラ様に共感できるのだとしたら。

 月の光が、そっとロイの顔を照らした。気付けばロイは、安心した顔で眠っていた。

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