29.評価と憎悪

「まっ、待ってくれ!!」


 そうゼットが叫んだ頃には既に魔物を放った後だった。

 連れてきたのはオオカミ型の魔物。素早くはあるが、攻撃をしっかり当てれば倒すのは難しくないはずだった。

 しかも魔物は1匹。対して人間は2人。弱点は教えていないものの、寧ろある程度は配慮したはずだった。


 魔物はまっすぐゼットに突進する。ゼットは剣を抜いたものの、攻撃を当てるところか突進を避けるのが精一杯に見えた。

 本来はあまり攻撃が効かない背中に攻撃をあてることを予測し、刃物が通らない事に怖がってもらおうかと思っていた。けれども、それ以前の問題でアスはため息をつく。ラクトに関しては腰を抜かして動けなくなっていた。


 魔物が再度ゼットに飛び付く。今度はなんとか剣で受けたが、剣に噛み付き離そうとしなかった。

 ゼットは半分パニックになりながら、剣を振り回し魔物を振り落とす。けれども休憩の間もなく、今度は動けずにいるラクトに狙いを定めて走り出した。ゼットも、それが見えているはずなのに助けに行こうとはしなかった。


「ロイ!」

「わかっている!」


 もうこれ以上続ける意味はないとアスは叫んだ。その声に答えるように、ロイはまっすぐ魔物へと向かう。ロイは一振り目で魔物をラクトから離すように突き飛ばし、二振り目で弱点である首へ真っ直ぐ剣を落とした。魔物は程なくして息絶える。


 静寂。その後拍手が沸き起こった。


「ロイ、凄いじゃねえか!」

「聞いてた話と全然違うじゃないか! なんだあの剣さばきは!」


 魔物がいなくなり、騎士達が下へと降りてくる。いつのまにかロイの周りには人が集まっていた。気付けば、ロイを見る目が尊敬の眼差しへと変化していた。


 きっと訓練に参加していなかったロイの実力は、噂のみで構成されてのだろう。旅をしていた時も、ロイは毎日訓練を欠かさなかった。トラウマはあるのかもしれないが、それ以上に積み上げてきたものが大きかったのかもしれない。


「あっ、えっと、魔物には弱点があります。一方で、特に背中に攻撃を当てても刃が通りません。だから剣士だったら首を狙う必要がありまして……」

「この空気で真面目か! しかしなるほど、だから弱点である首を狙いやすいように一度突き飛ばしたのか」

「いやでも魔物のスピードも相当あったぞ。瞬時にあの判断を取るのはなかなかに慣れが必要だな」


 ロイが魔物の倒し方を説明し始めると、皆好意的に聞いていた。

 騎士団は実力が全てだとロイが言っていた。想像以上にロイの実力は騎士団の中では上位に認められるレベルだったらしい。ゼットとラクトを見ていたらそれも納得できた。


「ロイ先輩やっぱり流石だなあ」


 と、アスの隣でポツリと呟く騎士がいた。その騎士は若く、アスと年齢があまり変わらないようにも見えた。


「ロイを知ってるんですか?」

「えっ!? あ、神子様! お隣失礼しました!」


 ゼットやラクトとは異なり、アスを見た瞬間騎士の敬礼をアスにした。その真面目さが少しロイに似ている気がしてアスは少し安心した。


「気にしないでください。あなたのお名前は?」

「はい、ユマと申します!」

「ユマさんはロイと親しかったんですか?」

「親しいなんて先輩に対しておこがましいですが……。私が騎士になる時に色々と相談にのってくださって……」


 ユマは懐かしそうにロイを見た。


「私、今でもなんですが、他の人より背が低くて……。騎士になるかも迷ってたんですが、ロイ先輩に背中を押してもらったんです。せめてチャレンジしてから諦めろって。それから、背の低さを活かした動き方とかを教えてくださって、無事騎士団の一員になれたんです」

「そうだったんですね」

「はい! ロイ先輩、確かに昼間は訓練に参加してないですけど、夜はずっと一人で訓練されてたんです。俺も暫く、そこに混ぜてもらってました。ロイ先輩は無能だって噂も流れてたの、私じゃ上手く違うってこと伝えられなかったんですけど……。今回でロイ先輩の実力を皆に知ってもらえた気がして嬉しかったです」


 何が訓練一つまともにできなくてだとアスは思う。しっかり訓練して、しかもロイを尊敬する後輩までいる。更には騎士団に認められる実力もあった。けれども誰も知らないから、噂だけが広がってしまっただけなのだ。


 アスはゼットとラクトをチラリと見た。二人は、気に食わないと言わんばかりにロイを睨んでいた。

 何故そんなにもロイが褒められる事が気に入らないのか理解はできない。けれども世の中には、誰かを下に見る事でしか自分を安心できない人がいる事もアスは知っていた。今まで下だと思ってきた人が自分よりも上になったと感じるだけで、憎悪を抱く人がいる事も。


 今回、下と思っていたロイが、明確に二人よりも上だと示された。それは、憎悪でそのようなタイプの人を狂わせるのには十分な事だった。


「ちょっと魔物倒すの上手いからって調子のんじゃねえよ。ソテラ様を殺した癖に」


 しん、と、その場が静まり返った。ゼットの言葉に、ロイは意味が理解できず呆然としているようにも見えた。


「それは、どういう……」

「おまえ、マジで知らねえのかよ。ソテラ様、胸に痛みあったのに、騎士になる試験の合格だからって、おまえなんかの報告を待ってたんだろ? おまえを待ってなかったら……」


 バシッ、と、音がした。瞬間、ゼットは弾き飛ばされた。そこには、顔を真っ赤にして怒る騎士団長と、騎士団長に平手打ちされたゼットがいた。


「何を言っている! ソテラ様は治療方法の無い心臓の病気で亡くなられたのだ! 勝手に捏造などするな!」

「チッ。陛下やリア様に気に入られてるからって、どうしてロイだけ」

「実力を見てもまだそんな事を言うか!」

「どうやってその実力を見たと言うのですか!! 訓練に参加していないというのに!!」


 ゼットの意見は一理あった。だからこそ、ここにいる大半がロイの実力を知らなかったのも事実だ。しかし、ゼットの言葉に騎士団長は笑った。


「ロイは仲間に剣を向けれない、そして人を殺せないだけだ。誰かを守るという視点では、寧ろ優れている。一度相談がてら飯に行った帰りに、たちの悪い奴らに絡まれてな。そこからの対処は完璧だったよ。だから定期的に外に出て実戦経験は積ませていた。少なくとも口だけのおまえより場に出ている」


 そう言われても、ゼットは納得できていないようにも見えた。そんなゼットを見て、騎士団長はため息をつく。


「何故神子様が二人を指名したのか想像は付くが、逆に言えば実力を見せるチャンスでもあったのだぞ。ロイは目の前の僅かなチャンスを物にした。おまえらはチャンスを無駄にした。それだけの話だ」


 そう言われると、何も言い返せなかったのかゼットはガックリと肩を落とした。ラクトに限っては、ゼットからも離れて右往左往しているだけだった。


「この話は終わりだ。数体魔物を確保している。みな神子様とロイから魔物との戦い方を学ぶといい。もう少ししたらもう一人、魔物との戦いに慣れている人に加わってもらう予定だ。それと、ゼットとラクトは別に基礎からの訓練だ。わかったか」


 騎士団長からの言葉に、皆各々考えている事は違っただろう。けれども、はいと返事し、その話は終わった。

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