24.警戒と表向き

「じゃあ、皆準備はいい?」


 街を出たときに聞いた質問に、今度は一人増えて頷いた。リアが何も無い所に手をかざすと、本当に空間の裂け目が現れた。


「わあ、本当に簡単にできた!」

「そんなに簡単にできるものなのですか?」

「うん! 魔力込めたら簡単にできたよ! あっ、でも、多分大丈夫な場所にしたけど、人いないかちょっと覗いてくるね!」


 そう言ってリアはその裂け目へと消えて行った。行き先はお城。アスはお城どころか王都にも行った事がなかったので、リアの作った入り口で移動する事になった。

 リアはすぐに戻ってきて、指でオーケーマークを作る。


「問題なしだったよ! アスとストは楽しみにしててね! 私のお気に入りの場所に繋げたから!」

「へー、楽しみだな!」


 アスも、気付けば少しワクワクしていることに気付いた。国の端に暮らしていても、お城の話は時々耳に入った。けれども、普通なら絶対に入れない場所。ワクワクしないはずが無かった。


「じゃあ、クロ! 少しだけここで待っててね! すぐに迎えに来るから!」

「ガウ!」


 このワープ機能があればクロをどこかに隠す必要もなく、タイミングを見て連れてこれば良かった。ここであれば混乱も起きず、最悪説明に何日かかってもここで平和に暮らせるだろう。


「じゃあ、しゅっぱーつ!」


 リアの掛け声に、皆一斉に裂け目に吸い込まれていった。




 着いた先は眩しくて、思わずアスは目を細めた。青い空が、何にも遮られることなく永遠に広がっている。そして、空と対を成すように、街並みも広がっていた。


「すっげー」


 ストは、それだけ言ってその景色を見とれていた。アス達が来た場所は、街を一望できるバルコニーだった。


「リア、ここは……?」


 アスがそう尋ねると、リアは自慢げに笑う。


「王家の者しか入れないバルコニー! だから、想定外の人と出くわす心配はないよ! それに、運が良ければ……」


 と、ガチャリとバルコニーに繋がる部屋の扉が開く音がした。急な来訪者に、アスは少し慌てた。けれども、リアは笑顔のままその扉を見ていた。


「ムッ、誰かいるのか!?」


 と、警戒する少し歳のいった男の声と、抜かれるいくつかの剣の音。そんな様子など全く気にせず、リアはバルコニーから部屋へと繋がるガラス戸を開けた。


「お父様! ただいま!」

「……!? リア!!」


 リアはそのまま、父と呼んだ男に抱きついた。きっとこの人がこの国の王様なのだろう。リアに似て、優しい目をしていた。


「おかえり、リア。帰ってきてくれたのだな」

「ちゃんとお手紙書いたでしょ? 戻ってくるって!」

「いや、だがしかし……。いや、リアはそういう子だな。本当にありがとう」


 男は顔を上げ、こちらを見る。後ろの兵に剣を下げさせないところを見ると、まだ警戒はしているのだろう。


「ロイもいるのか」

「陛下、ただいま戻りました」


 ロイは男の元に跪く。アスも頭を下げるべきなのかもしれないが、作法がわからなかった。それはストも同じようで、オロオロとしていた。ストの村は長にすら軽口を叩けていたのだから、余計に戸惑っているのだろう。


「ロイ。リアをよく守ってくれたな」

「これが私の仕事ですから」

「今回ばかりはリアと本当に逃げ出したと思ったぞ」

「私の仕事は、リア様の望みにお付き合いすることですから」

「いつまで経っても真面目な奴だな、ロイは」


 そう言って、男は笑う。けれども男はスッと真面目な顔に戻り、厳しい顔でこちらを見た。


「そして、その者たちは……」

「お父様!!」


 と、リアが男の腕を掴む。


「大切な話があるの。だから、皆を下げて、お父様と私達だけにして」

「いや、しかし……」

「大丈夫だよ。だって私を守ってくれた人達だもん。ほら、ロイだっているから!」

「だが……。せめてもう一人か二人護衛を……」


 リアがアスの方を見て頷いた。アスもそれに答えるように頷く。この状況は、想定していた通りだった。

 アスは、ニコリと笑いながら1歩前に出る。男の護衛達も、警戒し1歩前に出た。けれども、アスは気にせず、敢えて手の甲を見せつけるように少し手を上げた。


「はじめまして、国王陛下」


 瞬間、強い風が部屋の中を駆け抜けた。正確に言えば、その風をアスは起こした。

 突然の突風に、一瞬男も護衛も目を閉じる。そして、もう一度アスの方を見た瞬間、護衛も、国のトップに君臨するはずの国王陛下すらも跪いた。


 神子とはそのような存在だった。神の子供と書いて神子と呼ぶ、神に一番近いとされた存在。血筋で序列が決まる貴族や王族にとって、神の子というのは敬うべき存在だった。


「可能なら、陛下とだけでお話しさせて頂けませんか?」

「神子様の命とあらば、喜んで」


 気持ち悪い。思わずアスはそう思ってしまった。

 神子とは、神の子供でもなんでもなく、ただ神の国に作られた道具のような存在。なのに国を統治するような人にすら、神子のマークがあるだけで敬われるのは気持ち悪くて仕方なかった。


 けれども状況が状況だから、使うべきものは使うべきだろう。神子の力が無ければ、相手は話す事すら許されない存在なのだ。


 アス達は、そのまま客間へと案内された。高価なお茶やお菓子が用意され、扉が閉められる。と、落ち着かないストがこっそりとロイに言った。


「俺、終わるまで来るの待ってた方が良かったんじゃねえか?」

「いや、この機会にストの村のことや実力も話しておきたい。心配するな。陛下は優しいお方だ」

「いやでも……」


 そんなやり取りをしていると、国王陛下が近づいてくる。


「君も気にしなくていい。君もリアを守ってくれたうちの一人なのだろう? 今は気楽に寛いでくれ。ロイも、立っていなくていい。座ってくれ」

「ありがとうございます」


 ロイは礼をしたけれども、座らずに待ってアスを見た。と、リアはアスを引っ張って無理矢理座らせる。


「アス。こういう時は、アスが最初に座るんだよ!」

「えっ、でも……」

「そういうものなの!」


 リアに言われて大人しく座ると、国王陛下、リア、ロイ、ストと順番に座っていった。確かに神子が最初に座るのはおかしくないのかもしれないが、落ち着かないのは間違いなかった。

 そんなアスを見て、国王陛下は笑う。


「先ほどの堂々とした振る舞いはどうされたのです?」

「俺に敬語はやめてください! あれは、まあ表向きというか、その……」

「それでは遠慮なく。しかし、少し安心したな。さっきは少し恐ろしくも見えたよ」

「それは、なんかすいません……」


 あの時は元々そのように振る舞うつもりでいた。けれども、いざ自分が上だと扱われるとやはり落ち着かない。


「それで、私に話というのは?」


 国王陛下は腕を組み、アス達を見渡した。なんだか見定められているようで、アスは緊張する。けれども、それを説明するのは神子であるアスの役目だった。アスは小さく呼吸をする。


「では、俺から話しますね」


 表面的に話すのは得意だった。国王陛下はリアと違ってグイグイ来ないのも少しだけ安心した。まずは最初に話す予定だったドラゴンの事を伝えるために、アスは口を開いた。

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