25.父と子

「なんと……! 悪しき黒いドラゴンが、本来は神子と協力して国を助ける存在とは……。にわかには信じられんが……」


 アスがクロの事を説明すると、国王陛下はまだ信じられないと手を組み直した。流石に、神子の言葉でも直ぐには信じてもらえなさそうだとアスは思う。けれども盲目的に崇拝されるよりも、自分を一人の人間として見てくれているようで少し安心した。


「では、ここに黒いドラゴンを連れて来ましょうか」


 アスがそう言えば、国王陛下は一瞬動揺する。


「いや、それは……! それ以前に、そんな事ができるというのか?」

「できますよ? まだ育ちきっていないので、この部屋にも入ります」

「お父様、大丈夫! クロは良い子だから!」

「……クロとは、もしや黒いドラゴンの名前か? リア、おまえが付けたのだろう」

「そうだよ! よくわかったね!」


 リアの言葉に、国王陛下は頭を抱えた。


「悪しき黒いドラゴンと伝説があるドラゴンにそんな名前を付けれるのはお前しかおらん。……まあ良い。アス君だったか? 連れて来てくれないか?」

「かしこまりました」


 そう言ってアスは何も無い所に手をかざし、指輪に魔力を込めた。すると、簡単に空間に裂け目が現れる。そうして、アスは一人、クロのいる村に戻った。

 村に戻ると、クロが待ってましたとガバッと起き上がる。


「クロ、おいで」

「ガウッ!」


 クロはアスに飛びついて来る。アスはそのまま裂け目を通じて城へと戻った。国王陛下は、現れたクロを見てガタリと立つ。


「これは、本当に」


 アスは自分にじゃれついてくるクロを優しく撫でてみせる。チラリと国王陛下を見ると、国王陛下は心から驚いたかのようにポカンと口を開けていた。そんな国王陛下を見て、アスはニコリと笑いながら言う。


「陛下も、撫ででみますか? 本当に良い子ですよ」

「あ、ああ……」

「クロ。彼はリアのお父さんだよ」


 アスがクロにそう言うと、クロは撫でてほしそうに国王陛下に自分の頭を差し出した。国王陛下も、恐る恐るクロに触れる。


「確かに……。悪しきドラゴンには見えないな」

「そうでしょ! ということで、お父様! 私達の冒険の話を聞いていただけないでしょうか!」


 リアが、嬉しそうに国王陛下の顔を覗き込む。アスは一旦役目が終わったと、ほっと息を吐いた。次はリアの番だった。


「わかった。じっくり聞かせてもらおう」


 そう言った国王陛下は、少しだけ疑心が溶けた気がした。




「……それで、リアは黒いドラゴンの赤ん坊を見つけて厄災を起こさないためにシールドの外に出て、そこでスト君の村に辿り着いたと。更にそこの長様が神の国から来たと言う長寿の人間であり、黒いドラゴンの本当の存在理由を教えてもらったと」

「そうだよ! 流石お父様!」


 リアの言葉に、国王陛下は深く頭を抱えた。そりゃそうだろう。一国の姫がする冒険では決してない。


「ロイ。君は止めなかったのかね」

「少しは止めました。しかし、止めたところでリア様は一人で行かれるでしょうから」

「そうだな。リアはそういう子だな……」


 そう言って、国王陛下は大きな溜息をついた。


「いや、しかし、その神の国の人間とやらの話を信じていいのか……。確かに、このドラゴンを見る限り、嘘には聞こえないが……。スト君、確かにそのミレ様という方は、姿形が変わっていないのかね?」

「あっ、はい!! 俺が記憶ある時から、見た目は一切変わってねえです!!」

「そうか……。本当にそんな事があるというのか……。しかも魔法を使えるなんて……」


 国王陛下は、まだ完全に信じることができないと考え込んだ。確かに、突然信じるなんて難しい話だろう。それを見て、リアが立ち上がる。そして、国王陛下の背中にギュッと抱きついた。


「でも、お父様もこれを聞いたら信じたくなるよ」

「なんだ……?」


 リアはきっと、あの事を言うのだろうとアスは思った。リアは最初には話が逸れるから言わないと言っていた。そして、なかなか信じてくれない時の切り札にしようとも。


「ミレちゃんから教えてもらったんた。生贄の私は、死ぬ事はないんだって。代わりに、神の国に行って、神の国の人間として生きるんだって」

「それは……!?」


 国王陛下は、ガタリと立ち上がってリアと向き合った。そして、手を震わせながらリアの肩を持つ。


「それは……! 本当なのか……!?」

「ミレちゃんの言葉を信じるなら本当だよ。それに、帰りたかったら帰れるんだって。さっきアスが使ったワープを使って、いつでも。あれを使えるようにしてくれたの、ミレちゃんなんだよ」

「でも、今まで生贄が戻って来たなんて、そんな記録は……」

「今までの生贄さん達はね、お父様やお母様みたいな大切にしてくれる人がいなかったから、帰りたくなかっただけなんだって。でも、私はお父様に会いに、何度でも帰ってきたいって思うよ」

「そうか……」


 いや、正式に国王陛下は、まだ信じられないと言わんばかりに動揺していた。信じたいけれども信じるのが怖いというところだろうか。そんな国王陛下に、アスは最後のひと押しになればと口を開いた。


「実際、俺が神子の力を授かった時も神の国の人に会いました。大昔ここに住んでいた事も聞きましたよ。彼もまた草を操る魔法を使っていました」

「草を操る魔法の生贄といえば、1000年前にいたという……。そうか、そうなのか……」


 国王陛下の目から、一筋の涙が零れ落ちた。そして、ぎゅっとリアを抱きしめる。


「生きれるのだな。リアは」

「うん。生きれるよ」

「ソテラにも……、聞かせてやりたかった……」


 国王陛下から、それ以上の言葉はなかった。

けれども、心から信じられたのだろうと思う。アス達の前でも気にすることなく、国王陛下は父親の顔で泣いていた。




 暫くして、国王陛下は顔を上げ、涙を拭った。そしてスッと、国の上に立つものの顔で三人を見た。


「それで、わざわざ神子とドラゴンがここに来たということは、他にも言わねばならぬ事があるのだろう?」


 その言葉に、アスも深呼吸する。


「はい、謝らなければならない事があります」


 アスはもう一度、国王陛下と向き合った。

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