23.弊害と選択肢

「ほう、ストも一緒に行くのじゃな」

「良いだろ! 駄目って言われても俺は行くぜ!」

「誰も止めはせん。過去に事例もあるしな」


 ミレの言葉に、アスはどうしても気になって尋ねた。


「その、過去にこの村を出た人の名前って、ルーゼだったりする?」


 アスがそう言うと、ミレは信じられないと言わんばかりに驚いた。


「そうじゃ! 何故その名前を知っておる!」

「いや、実は……」


 アスがルーゼの事を話すと、ミレは嬉しそうに頷いた。


「あのお転婆娘が、子供までこしらえてのう。しかも、孫までとは」

「いや、俺は孫では……」

「孫みたいなもんじゃろ! しかし、時が経つのは早いのう」

「アス! そのルーゼって人に会わせてくれよ! 冒険の話を聞いてみてえ!」

「あはは、ストが行ったら喜ぶんじゃないかな。面白いもの好きだし」


 自分が生きている間に連れて行けるかはわからなないけど、と、アスは思う。けれども、リアもロイもルーゼの事を知っているから、最悪二人が連れて行ってくれるだろう。それに、会いに行ってしまえば、甘えてしまいそうで怖かった。


「それで、戻ってどう進めるつもりじゃ?」

「先ずはお父様に状況を伝えようかなって。伝説については、アスから言ってもらうつもりだよ。神子から伝えて、更にクロと仲良くしてる所見たら、信じてもらえるかなって。それから、シールドがもうすぐ壊れて魔物が襲ってくる事と、修復が間に合わないかもしれない事を伝えて、魔物を迎える体制を整えてもらおうかなって」

「上出来じゃ。それを踏まえた上で我からも提案がある」


 と、ミレがポンと手を叩く。


「クリスタルに頼るのをやめるのはどうじゃ?」

「それは流石に危険すぎませんか!?」


 ロイがすかさず反論した。そりゃそうだ。魔物が街になだれ込むのだ。


「じゃが、魔物を産んでいるのがそのクリスタルだとしたらどうじゃ?」

「えっ……」


 ミレの言葉に皆絶句する。魔物とは、森の外に存在する危険な生き物。それ以上の認識はなく、何故魔物がいるのかなど考えたこともなかった。


「クリスタルはの、お主らの国に住む者の悪意を吸い取っておる。そうして、シールドを作りながら外に排出しておるのじゃ。シールドの外に出た悪意が、魔物を作り出しておる」

「じゃあ、もしかしてシールド付近に魔物が多いのって……」

「そうじゃ。シールドから出た悪意を一番近くで浴びておるからじゃ。これが、以前は伝えなかったクリスタルの弊害の一つじゃ」

「まだあるのですか!?」

「それは……」


 ミレはチラリとアスを見た。きっと神子が死ぬ事を言っているのだろう。言わないでとアスは目で伝える。


「……クリスタルに頼らねば関係のない話じゃ。まあ、これでわかったじゃろ。この村にクリスタルを置かぬ理由を」


 ストはぎゅっと拳を握りしめていた。そりゃそうだ。ストの両親を殺した原因の根本は、この村とは全く関係ない国にあったのだから。


「……ねえ、ミレちゃん。何故、神の国はクリスタルを置いたの? そんな危険なものなのに」


 リアの言葉に、ミレは困ったように笑った。


「人類が、滅びそうになったからじゃ」


 その言葉に、皆絶句した。そんな歴史なんて、聞いたことが無かった。


「何千年も前の話じゃ。もっと色んな国が隣り合っておった。しかし、戦争を始め、人と人が殺し合った。魔法を使える者は、生物兵器として扱われ始め、それに反抗した者たちが新しい世界を作り、後に地上の者を遠隔から管理し始めたと聞いておる。その時に、人と人とが争わずに済む方法として作り上げたのがこれじゃ。まあ、悪意を吸い取ると言っても強い悪意のみで全ての悪意ではないがの。それでも何千年と争いや大きな暴動は起こっておらぬ」

「じゃあ無くなったら……」

「また戦争が起きるかもしれん。じゃが、人と人が争わぬと、人の文明の発展も全く無くての。それで良いよかと言う意見も、神の国の間で出ておる」


 ミレの言葉に、皆考え込んだ。どれが正解なのかは全く検討が付かなかった。

 アス自身は、クリスタルなんて無い方が良かった。悪意の封印なんてしたくもなかった。けれども、それは自分の命のためではないかと、自身を持って無い方が良いとはいえなかった。


「ちなみにですが、クリスタルに頼らないと決めた場合、クリスタルは放置していても良いのですか? クリスタル自体が濁ると言っておられましたが」


 と、ロイが尋ねる。


「その辺は、こちらで色々と実験してみないとわからん。クリスタルが濁るのも、悪意を放出しきれずにどんどんこびり付いてくるのじゃ。それを放置したらどうなるかはわからん」

「漏れ出した悪意が人間を魔物化させるなんてことは……」

「産まれたときに浴びておらねば、少なくとも人間以外の動物は魔物化せぬ事はわかっておる。人間も同様じゃろ。じゃが、新しく産まれる子はどうなるかわからぬ。シールドも機能しなくなっていくしの。それはこちらもなんとか手法を検討するつもりじゃ」

「……なあ、そのクリスタルってやつは、壊せるのか?」


 と、ずっと聞いていたストが尋ねた。


「壊せなくはないが、中にある悪意が散らばらないという保証はできぬ」

「じゃあさ、アスに可能な限り浄化してもらってさ、それから壊すのはどうだ? それなら、被害も最小限になるんじゃね?」


 ストの言葉に、アスの心臓は大きく鳴り始めた。封印を、しなくて済むのであればそれ程嬉しい事はなかった。

 けれども、封印をした上で壊すというストの提案は、理に適っているように見えた。それに、ストからしたらクリスタルは壊したい存在だろう。


「確かに、それならアスの力が足りてなくてもなんとかなるかも? ミレちゃん、それはどう?」

「いや、それは……! ……わからぬ。結局、クリスタルのモヤがもっと表に出て来ないと封印はできぬのじゃ。その段階で封印しても少しでも残れば、意味がないかもしれない。先に割って無理やり表に出すにも、飛び散らないか確認が必要じゃ。まだ不透明な事が多すぎるからの。だから、我も神の国にその辺りの検討を依頼するつもりじゃ。結論を出すのは少し待て」


 きっと、ミレはアスが力を使わなくて済む方法を考えてくれているのだろう。けれども、もう未来を期待するのは怖かった。期待して、また生きれるんじゃないかって未来を思い描いて、結局駄目だなんて言われたら、きっともう、耐えられない。


「俺は俺で、全部封印できるように頑張ってみるよ」


 そう言えば、ミレの声が、煩く頭に響く。


『いい加減みなに伝えるのじゃ! みなに協力を仰ぎ、地上に住む者達も一緒に考えれば道は開けるのかもしれん! お主の死を回避できるのかもしれんのじゃ!』


 そうかもしれない。きっと言えば、少なくともここにいる皆は、自分が死なない方向に動いてくれる。けれども、それで誰かが犠牲になるのなら、誰かの大切なものが無くなってしまうのなら、そこまでして生きたくはない。


「選択肢は多い方がいいよね。一番皆が死なない方法があるなら、それがいい。クリスタルだって、壊すにしても壊さないにしても、俺が全部封印できれば丸くおさまるはずだしね」


 皆頷く。ミレにもアスの意図が伝わったのだろう。諦めたのか、アスからそっと目を逸らした。


「……良い物をやろう。アス、リア、手を出せ」


 と、ミレがアスとリアにそう言った。二人は、言われるがまま手を出す。二人の手に渡されたのは、ミレの付けるものと同じ指輪だった。


「ミレちゃん、これって……!」

「魔法が使える者なら、これで行った事ある場所なら瞬間に移動できる。それに、魔法が使えぬ者でも手を引けば自由に連れて行ける。勿論クロもな」


 確かに、クロをどう連れて行くかは課題の一つだった。これなら、城にだって簡単にクロを連れて行けるだろう。


「ミレちゃんありがとう!!」


 リアはミレをギュッと抱きしめた。


「ええい、くっつくな! よいか! 何か困ったことがあればここに戻ってくるのじゃ! 我も可能な限り対応する」

「長とすぐに会えるのは心強いな! それに、気軽に戻ってこれるのはありがてえ!」


 ストもガッツポーズをする。


「ひとまず、支度を始めるか。急にこの話になったから、まだ何も準備ができていない」

「そうだね! さっそく始めよう! ミレちゃん、色々本当にありがとう!」

「頑張るのじゃぞ!」


 ミレの言葉を背に、アス達は屋敷を去った。

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