22.大人と子供

「チルアは!? どこに行った!?」

「あっちの方に走っていったけど……。どうしたの?」

「とりあえず追いかけたい!」


 と、クロが高く飛び上がる。


「ガウッ!」

「あっちか! 助かる!」


 ストは、クロの指し示した方角へと走り出した。アスもそれに続く。


「って、その方角は門じゃねえか! あいつ、まさか……!」


 ストの言葉に、アスの心もざわついた。もし自分が余計な事を言ったから、チルアが外に出ようとしたならば。そしてチルアが危険な目に合う、なんてことはあってはならなかった。


 クロが滑空を始める。その先には、二人の人影が見えた。


「ちょっ、流石に無理だって!? ムリムリムリ!」

「たっくんは最強の男になるんでしょ! だったらチルアに付いてきて!」

「いや、まだ俺一人で外に出たことないから!! ぎゃっ!?」


 そこには、チルアとタクトがいた。チルアは、タクトを引っ張って外に出ようとしていた。クロが二人のそばに降りると、タクトは驚いて腰を抜かす。


「クロちゃん、邪魔しないで! 私はたっくんと外に出るの!」

「俺は行くとは言ってねえ!」

「何してんだ!!」


 ストは一気に二人の方へ駆け寄り、逃げないように腕を掴んだ。


「チルア、タクトを巻き込むな! 子供だけで外に出るなって言っただろ!」

「だから外に出れたら大人になれるんでしょ!? 狩りは無理でも、木の実とか取りにいけるもん! ストにいだって10歳の時に取りに行ってたでしょ!?」

「あれは他の大人に付いてきて貰ってたんだ! 最初から一人で外に出てねえ!! おまえとタクトだけじゃ自分の身を守れねえだろ!!」


 そうストが言うと、チルアは泣きそうになりながら頬を膨らました。そんなやり取りが聞こえてか、ゾロゾロと何事だと村の人たちが集まってくる。それを見て、チルアは村の人たちに叫んだ。


「それじゃあ、おじちゃんかおばちゃん、外に行くの付いてきて! そしたらストにいは、アスにい達と外に冒険に行けるの!」

「こら! 他の人に迷惑かけるな!!」

「だって……」

「あら、いいじゃないの」


 と、一人の女性がストとチルアに近づいてきた。


「それぐらい連れてってあげるさ! 他の皆もそうだろう?」


 一人の女性が、集まってきていた村の人たちに呼びかけると、他の人達も頷く。


「村の人たちは皆家族って言ってくれていたのは嘘だったのかい?」

「しかし、時が経つのは早いもんだな。チルアを守るために色々教えてくれって頼み込まれたのが懐かしいぜ。いつの間にか村一番に強くなって」

「あの日からストが外に行きたいって言わなくなったの、私ら気にしてたんだよ! 良い機会だし、行ってきな!」

「ついでに土産話も頼むぜ! 俺らも外の世界の話、あの子達から聞いてて興味あんだ!」


 いつの間にか、ストの周りには村の人たちが沢山集まってきていた。その姿に、アスはストが村の人たちを家族だと言った意味をやっと理解した気がした。


「いや、でも……」

「ストにい。チルア、ストにいがいなくても一人じゃないよ」

「夜とか、寂しくないか?」

「寂しくなったら、たっくん連れてくる!」


 チルアはタクトの手を握った。当のたっくんは寝耳に水な状況なのか、手とチルアの顔を交互に見ていたが。


「そうか。チルアも大きくなったんだな」

「言ったでしょ! ストにいと同じ、大人になった年齢だよ」


 チルアの言葉に、ストはぎゅっとチルアを抱きしめた。


「でもまだ大人になんかなるんじゃねえ。早く大人になったって、得るもん得られねえから」

「でも……」

「なあ、教えてくれ。子供のチルアはどうなんだ? 子供のチルアは、俺が行って寂しくないのか?」

「子供のチルア……?」


 チルアは、少し考え込む。そして、ニコリと笑った。


「寂しくないよ! だって、たっくんも、村の沢山のおじちゃんとおばちゃんもいるんだもん!」

「そっか……! そうだよな……! 皆がいるもんな……!」


 ストは顔を上げ、村の人達を見渡した。皆、そうだそうだと頷いていた。

 ストは深呼吸して、アスや、後ろにいたリアやロイの方を振り向いた。


「つか、この話アスとしかしてねえけど、リアやロイは俺が付いてってもいいのか?」

「勿論だよ! 賑やかになっていいかなって!」

「ストは魔物と戦い慣れているから心強いしな。国の騎士と言っても、魔物と戦い慣れているやつはほぼいないから、寧ろ手伝ってほしいくらいだ」


 ストの目は、さっきアスと話したときのように少しずつ輝き始めた。きっとこの目は、ずっと大人になって隠してきた目なのだろうとアスは思った。けれども、隠していただけならば、きっとまだ間に合う。


「ねえ、スト。子供のストはどうなの?」


 アスがそう言うと、ストの目は夢を見つけたばかりの子供のようにパッと輝いた。そして、勢い良く立ち上がる。


「行きてえ! 外がどんな世界か見てみてえ! それに、他に人が住んでるとこが近くにあんだぜ! この目で見てみたいに決まってるじゃねえか!」

「じゃあ、一緒に来なきゃね!」

「おう!」


 村人の一人が、ストの肩にポンと手を載せた。


「遠慮せず俺らに子供らしく甘えろ! 子供を育てるのは子供の役目じゃねえ! 大人の役目だ!」

「ありがとな! おっちゃん!」


 ストは改めて、アス達に向き合った。


「ということで、これからよろしくな!」


 そう言って笑うストは、始めて会ったときのストを彷彿とさせた。きっとチルアの前やこの村の中では、大人のストとして暮らしていたのだろう。今のストは、子供のストだった。


「よろしくね!」

「これならよろしく頼む」


 ストはアスの方を見る。そして、抑えきれないと言わんばかりに抱きついた。


「アス!! 俺のこと誘ってくれてありがとな! それから、背中を押してくれてほんとサンキュー! マジで楽しみだ!」

「よろしく……、って、重い! 重いから!」


 心は子供のストと言われても、ロイ程ではないがストも大きい。必死に押しのければ、ストは笑いながら悪い悪いと体をどけた。


「ストにいもまだまだ子供なのね!」


 そんなストを見ていたチルアは言う。


「あはは、確かに子供かもな。こんな兄は嫌か?」

「いいよ! 子供のストにいの方が、キラキラしてて好きだもん! でも……」


 と、チルアはタクトを睨む。


「たっくんは何かあったらチルアを守るって言ってたのに、嘘つき!」

「へっ!? いや、これから! これから強くなるから……!」

「早く強くなって!」


 そんなやり取りに、皆一斉に笑った。確かに、チルアは子供のままここで生きていけそうだ。


 アスは、ふとダンの事を思い出す。なんとなく、ずっと育ててくれていたダンに会って、甘えたくなってしまった。ストみたいに頑張れていないから、そんな資格ないのに。そんな事を思う前に、強くならなきゃいけないのに。けれども、この村の人たちにのように優しくて暖かかったダンが、少しだけ恋しくなってしまった。


「ストの話を含めて、ミレ様にご挨拶をしないとな」


 ロイが言うと、ストがくるりとロイの方を向く。


「じゃあ、今から行こうぜ!」

「今からか!? まあ、後回しにする必要はないが」

「じゃあいいじゃねえか!」


 そう言ってストはミレの屋敷へと駆けて行った。そんなストが、少しだけアスは羨ましくなった。

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