21.夢と我慢
「クロ! 凄い凄い!」
「ガウガウ!」
次の日、アスが少し遅めの朝に目を覚ますと、リアとクロがはしゃぐ声が外から聞こえてきた。外を覗くと、丁度クロが上空から、まっすぐリアの元に滑空してくるところだった。勢い余ってリアに衝突しないように、手前で風を送ってゆっくりと降り立つ。この村にたどり着いて丁度1週間経った頃、クロは自由に空を飛び回れるまでなっていた。
「しかし、本当に一気に大きくなるものだな」
隣にいたロイが、関心したようにクロを見る。
「頭をあげたら私の腰辺りまでの身長だね! 本当に大きくなったね!」
「ガウ!」
クロはリアに撫でられ、嬉しそうに鳴いた。そんな雰囲気につられて、アスは外に出た。
「おはよう」
アスがそう言うと、ロイとリアもいつもと変わらず、おはようと返してきた。それがとても心地良くて、このまま時間が止まれば良いのにと思う。けれども、いつもと変わらないままではいけないとも思っていた。
「神子が伝えたら、多分クロの事も信じてもらえるよね」
アスは、クロを見てポツリといった。クロの事が明らかになってからずっと思っていた事だった。それにクロが自由に飛べるようになったなら、隠して運ぶ必要もないだろう。
「私も思ってた。流石にそろそろ帰らないとだよね。それに、状況が状況だし、早めにお父様には伝えなきゃ。きっと、お父様なら話を聞いてくれると思う」
悪意の封印が間に合わなければ、シールド外にいた魔物が一気に流れ込んでくることになる。そうでなくても、弱まれば魔物が街に入り込んでくるかもしれなかった。けれども神子もドラゴンもいないあの国で、そんな危機が迫っているなんて、誰も思ってはいないだろう。
「その間に俺も何とかできないか頑張ってみる」
「何か、方法はあるのか?」
「具体的にはわからない。けれど、色んなことから逃げてきたから、ちゃんと向き合わなきゃと思ってる。向き合って、強くならなきゃ」
アスがそう言えば、リアとロイは心配そうな顔をしてアスを見た。
「私達もいるから、一人で抱え込んじゃだめだよ」
「そうだぞ。おまえはすぐ一人で考え込む癖がある」
「でも、これは俺の心の問題だからさ。それに二人は、もし俺が間に合わなくても国の人達の安全を守れるように頑張ってよ! 国に帰るなら、王女と騎士なんだし、二人にしかやれない事きっと沢山あるよ!」
と、ポトリと何かが落ちる音がした。顔を上げると、ストが驚いた顔をしてこちらを見ていた。足元には、リンゴが転げ落ちていた。
「そっか、おまえらもう帰んのか」
「スト……?」
「あ、いや、寂しくなるなって」
そう言うストは、いつもの元気なストらしくなくて、アスは訝しげにストを見た。
「いつ出るんだ?」
「あっ、いや、近いうちに……。まあ、何も準備はしていないが……」
「そっか。じゃあ決まったら教えてくれ。見送るときは豪華な食事でも作っか」
そう言いながらストはリンゴを拾う。そうして、アス達と目線を合わせずに家の中に入っていった。
「スト、どうしたんだろう」
「ちょっと俺、見てくる!」
気付いたら、アスはストを追いかけていた。この村に来てから、ストには沢山お世話になっていた。強いと思っていたストも、もし何かに悩んでいたのだとしたら、そのままではいけない気がした。
「スト……!」
「アス……? どうした?」
「あのさ……! えっと……」
呼びかけたはいいものの、何て声をかけたら良いのかわからなくて、アスは俯いた。いつものアスなら、適当に軽い感じでどうしたのと聞いて、雰囲気で何ていうか考えれば良かった。けれども、ちゃんと向き合って話そうと思うと、そのやり方はわからなかった。
「なんだか、いつもと違って元気ないなって」
結局、出てきたのはありきたりな言葉だった。ストは困ったように笑う。
「なんか心配かけちまったな。別に大したことじゃねえよ」
「でも……」
「おまえらが出て行っちまうって聞いて、寂しくなっただけだ。歳近い奴とこんなに話すの久しぶりでよ。久々に楽しかったんだ。ほんと、それだけだ」
確かに、ストが歳の近い村の人たちと親しく話しているところを見たことは無かった。歳の近い人が村の中にいないわけではなかったが、世間話程度の交流で、寧ろ大人達の輪にいるか、子供達の相手をしているかだった。
「ははっ。ガキっぽい事考えんなって思っただろ? まっ、ほんとその程度の話だ! いつかおまえら帰るってわかってた話だし、気にすんな」
「気にするよ」
何故大人達の輪にいるのか、なんとなく街にいたときの自分に重なった。アスもまた、同世代の友人と呼べる人はいなかった。話す相手は基本的に仕事関係の大人だった。
「早く大人にならなきゃいけなかったんだね」
アスがそう言うと、ストは目を見開き、そしてふいと目を逸らして頭を掻いた。
「まあな。おやじとおふくろが死んだの、皆俺のせいじゃねえって言ってくれたけど、やっぱ責任感じるし。それに、チルアも育てなきゃなんねえし。友達と遊ぶ暇なんてなかったからな」
ストの気持ちを、アスは痛いほどわかった。アス自身は自ら望んで同世代の人とは関わらなかったけど、それでもたまに遊んでいる同年代の人を見ると羨ましくなった。リアやロイと旅をした時間は、なんだかんだ楽しかった。
「ストも俺達と一緒に来れたらいいのに」
そうアスがポツリと呟くと、ストはガバッと顔を上げた。そして目をキラキラとさせてアスを見た。
「いいのか!?」
「えっ、そりゃ、ストがいいなら……」
「ずっと外の世界に行くのがガキの頃からの夢だったんだ! 外の世界に行ったやつも、俺が生まれるずっと前にいたって聞いてさ! 弓がすげえ上手くて強え女性だったらしいんだけど」
ストの言葉に、アスはふとルーゼを思い出す。弓の基礎を教えてもらったのは、ダンではなくルーゼだった。ルーゼがこの村出身であれば、この村のことを知っていたのも辻褄が合う。
「それを聞いて、ぜってえ強くなって俺も冒険するぞって思ってさ! それで……」
興奮して話していたストは、ハッとして、そして肩を落とす。
「すまねえ。忘れてくれ。チルアを置いてなんかいけねえや。チルアには、もう俺しかいねえから」
「チルア、もう子供じゃないもん」
と、突然聞こえてきた声に、アスとストは顔を上げた。いつの間にか、チルアが家に戻ってきていた。
「ストにい、ずっと外行くの夢だったって、小さい頃ずっとその夢話してたって、皆言ってたもん。チルア、もう大丈夫だから行ってきていいよ」
「何言ってんだ! そんな事をできるはずないだろ! それに、チルアはまだ10歳で……」
「ストにいは10歳からお父さんとお母さんの代わりしてたもん! 私ももうできるもん!」
そう言ってチルアは家の外に駆け出して行った。
「チルア!!」
ストも慌てて追いかける。アスもストに続いて外に出た。けれども、チルアの姿は既に見当たらなかった。
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