19.隠し事と嘘

「あのさ……!」


 食事が終わった頃、アスは皆に声をかけた。食事をしている間も、神子に関して触れる者はいなかった。きっとアスが自ら言うのを待ってくれているのだろう。もう、ごまかす時では無かった。


「あの……、俺の力……、神子の事なんだけど……。その……」


 頭では整理できたはずなのに、何故か言葉が上手く紡げなかった。


「えっと……。隠してて……、ごめん……」

「そんなの気にしてないよ!」

「ああ。おまえなりの都合があっただろうしな」


 アスの言葉に、リアもロイも優しく返す。その声で、少しだけアスの吸う息が楽になった。


「あのさ、実は」

「うん」

「俺さ、神子なのに」


 リアの手が、優しくアスの背中を擦る。アスは小さく深呼吸をした。

 もう一度、頭の中で決めたことを繰り返す。言う事は、封印の力を使う実力が足りていない事だけ。その事実は皆を、いや、世界を困らせてしまう深刻なこと。だから、自己都合でしかない自分の死は、絶対に言わない。


「封印の力が足りてないんだって」


 そうアスが言うと、皆一斉に固まった。それを見て、心が痛む。

 当たり前だ。国を危機から救う事ができないのだ。


「それは……」

「実は、リアとロイに会うちょっと前に、神の国っぽい人に言われたんだ。だから、もしクロが悪しきドラゴンにならなかったら伝説にある悲劇は起こらないと思ってたんだけど……。結局起こっちゃうね」


 半分嘘で、半分本当の話。けれども辻褄は綺麗にあった。だから皆、アスの話を疑うことはなかった。


「原因は、何か言われたのか?」

「ううん。何も。ただそれだけ言われて、どっか行っちゃったんだ」

「そっか……」


 皆黙り込む。きっと、それぞれ考え込んでいるのだろう。


 と、ロイがアスの頭にポンと手を置いた。


「一人で抱え込むな」

「ごめん……」

「責めているわけではない。クロの事がわかったのだって昨日の話だ。それに、神子にだって望んでなったものではないだろう? 責任を感じすぎるな」

「そうだよ! アスだけの責任じゃないから! 私達の国の問題なんだから、皆で一緒に考えよう!」


 そう言うリアとロイの言葉に、どうしてか泣きそうになる。そんなふうに思ったらいけないのに、少しだけ心が軽くなった気がした。


「とりあえずさ、長に話を聞いてみるのはどうだ? 長なら神の国の人間だし、なんか知ってんだろ」

「そうだね! ミレちゃんに聞くのが一番かも!」

「でも、こちらからは呼べねえし、いつ帰ってくっかなあ。まあ、何日も呼ばなかったら、流石に様子見にくるだろ」

「気長に待つしかないかあ」


 現状思いつく方法はそれしかなく、ミレの帰りを待つことでその話は終わった。ミレも神子について調査を行うと言っていたので、それでわかることもあるかもしれない。それまで何もありませんようにと、アスは強く祈った。





「アスにい! ビリビリやって!」

「ビリビリ! ビリビリ!」


 あれから数日、何事もなく平和な時が流れていた。アスがあまり強く絡まれるのを好まないとわかった大人達は、特別扱いせずに接してくれていた。けれども子供は、それを許してくれなかった。


「1回だけだからね」


 そう言ってアスは、安全な高さに雷を落とす。ピカッと光れば、子供たちは歓声を上げた。そんなアスの背中に、小さな足での蹴りが入った。


「俺だって、魔法が使えたら最強の神子になれんだからな!」


 そう言って絡んでくるのは、初めて村に来た時にも喧嘩を売られた、タクトという子供だった。毎日のように敵対視されるため、アスは苦笑いする。そんなタクトを、いつも諌めるのはチルアだった。


「たっくん。魔法が使えるから神子なんだよ。魔法が使えないからたっくんは神子じゃないんだよ」

「うるさい! チルア、見てろよ! 俺は最強の男になるんだ!」

「はいはい」


 こんなやり取りを何度見たかわからない。ただ一つ言えることは、恐らくこのタクトは、チルアの事が好きだ。それを気付いているのかいないのか、チルアは軽く流していた。アスはそんな様子を微笑ましく眺めた。


「アス」


 と、ロイがアスを呼んだ。それを口実に、アスは子供たちから離れる。


「どうしたの?」

「いや、なんとなくだ」


 ロイは、アスが子供たちに絡まれていると、よく助けてくれるようになった。今回も、きっと助けてくれたのだろう。


「その、大丈夫か?」

「何が?」

「いや、なんでもない」


 ロイはどうしてか目線を逸らす。


「もしかして、子供たちのこと? 流石に慣れたって! でも毎回は疲れるから、感謝してるよ」

「いや、まあ……」


 ロイはもう一度アスの方を見た。


「今日も笑顔、なんだな」

「えっ……? それはどういう……」

「あー、いたいた!」


 と、広場の方からストが走って来た。


「長が帰ってきたぜ!」


 その言葉に、アスは顔を上げる。アスが神子なのに力が足りていないと言ってからも、皆優しく接してくれていた。そんな日々を過ごすたび、神子として死ぬのは自分でよかったと何度も思った。


「今からでも来ていいってさ」

「承知した。私はリア様を呼んでくる。アスは先に向かっておいてくれ」

「わかった」


 アスは、ストと一緒にミレのいる屋敷へと向かった。中に入ると、真っ先にミレと目が合う。ミレは申し訳なさそうに目を逸らした。

 きっと、少なくともミレは神子の真実を知っているのだろう。封印の器を足りるための方法も知っているのではないかと、アスの中で期待が高まる。


「お待たせしました」


 リアとロイも、遅れてやってきた。


「一応、長がいない時の状況は簡単に話しといたぜ」

「アス、お主が神子じゃったか。まずは、村をまもってくれたこと、感謝する。まさかこのタイミングで水晶が割れるなど……」


 ミレは難しい顔をして割れた水晶を見た。入り口には、新しい水晶が用意されていた。


「それで、我に聞きたいこととはなんじゃ?」


 アスは、まっすぐミレを見る。


「俺、封印の力が足りてないって言われたんだ。ミレさんなら、どうすればいいか知ってるかなって思って」


 その言葉に、ミレは大きく目を見開いた。


「足りてないってどういうことじゃ!? 我が記録を確認した時は、問題ないと出ていたぞ?」

「いやでも……」

「確認した時の事を……、聞いても良いか?」


 ミレは、心配そうにアスを見た。きっと、その確認の方法も、ミレは知っている。けれどもあの時の恐怖は、皆に知られたくはなかった。だから、なんてことでもないように、アスは言った。


「黒く濁ったクリスタルを額に当てたんだ。だけどまだ濁りが残ってた」

「……それは、確かに足りておらんな。いや、しかし、我の見たクリスタルは……。いや、誤魔化しおったか」


 ミレは深刻そうな顔をしながら、一人頷いた。


「どういうこと?」

「器を調べるときは、一定の時間額にあててどのくらい封印できるかみるのじゃ。けれども残っていたということは、恐らく予備の空っぽのクリスタルでも置いたのじゃろ」

「そんな、なんのために……」

「わからぬ。1度その件に関しては調査せねばならぬがな。問題は、足りていないことじゃな……」

「その事なのですが、もう一人神子は作れないのですか? 私がなるのでも構いません」


 ロイの言葉に、ミレは首を振った。


「残念ながら無理じゃ。神子は我ら何人ものは何百年と込め続けた魔導具でやっと一人作れる。今から無理矢理作っても、不安定なものができるだけじゃ」

「そう、ですか……」


 ロイは、ガックリと肩を落とす。けれどもアスは、悪い方向での代替案が出ないかとヒヤヒヤした。

 神子になれば、死ぬかもしれないのだ。自分のせいで他の人が犠牲になんてなって欲しくなかった。そうでなくても、あの苦しみをロイに味わって欲しく無かった。


「それよりもさ! 俺の力が足りてない理由ってなんなの? どうしたら、力を付けれるか知ってる?」

「それは……」


 ミレは少し考え込む。


「少し時間をくれぬか。我も少し調べたい事がある」


 そう言ってミレは、空間の裂け目へと消えていった。


『また、夜に来い』


 と、ミレの声がアスの頭に響いた。敢えてここで話をしないでいてくれたのかと、アスは少しホッとした。

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