18.注目と意図
「皆、落ち着け!! とにかく家の中に入って全部閉めろ!!」
呆然としているアスの隣を、ストが叫んで通り過ぎた。
「長は呼んだのか!」
「呼びに行ったはずだ!」
「じゃあそれまで持ちこたえろ!」
武器を持った男が、何人か集まっていた。ストもその中に入っていく。けれども数では、圧倒的に足りなかった。
「スト! 私達にも手伝わせてくれ!」
ロイもアスの隣を通り過ぎ、その輪に入っていった。
「助かる! あんな数、相手したことねえ!」
「リア様はストの家に隠れてください! 流石にこの数からは守れません!」
「わかった! 怪我した人がいたらすぐに連れてきて!」
「ガウガウ!」
「クロがいるのは心強いぜ!」
周囲が慌ただしく動く中、アスは一人、動くことができなかった。あの男が言った意味。きっと、ここにいる者が普通に戦っても、絶対に勝てないということ。
「大変だ!」
と、誰かが叫んだ。
「長様を呼ぶ水晶が割れていた! 長様を呼ぶことができない!」
「なんだって!?」
きっと、水晶を壊したのはあの男。ここでアスの力を使わせるため。
全部俺のせいだ。ずっと力を隠してきた、俺のせいだ。
「長がいなけりゃ流石に無理だ! 皆家の中に入れ! 家の中なら大丈夫なはずだ」
「くそっ。村がめちゃめちゃになっちまう」
「そんな事言ってる場合が! 命があってこそだろ!」
「でもこんな数、家の中で耐えられるのか!?」
と、クロが前に出る。
「ガウ!」
「そうか、クロは攻撃が効かない! クロなら!」
「でもあの数だぞ!」
そんな言葉を聞きながら、アスは一人魔物の来る方へと向かう。この村を、この村の人たちを、自分のせいで巻き込みたくなんてなかった。ただの自分の我儘な理由で、村をグチャグチャにして、危険な目に合わせていいはずなんてなかった。
「おい、アス! どこへ行く!」
と、ロイがアスに気付いたのか、アスの腕を掴む。
「流石におまえの弓でもこの数は無理だ! 逃げろ! おい、アス! 聞こえているのか!」
アスは静かに、ロイを見た。自分がどんな顔をしていたのかわからない。けれどもロイは、一瞬動揺して手を離した。
「ごめん」
そう言ってアスは、ロイに背中を向けた。そして空が良く見える村の広場の中心に立った。
手を空へとまっすぐ伸ばす。魔物たちは村へと滑空を始める。その魔物たちを、アスはまっすぐ見た。
大きな音と共に、空が光る。魔法で起こした稲妻が、次々と魔物へ当たっていった。
まるで雨のように、魔物が次から次へと地上へ落ちていく。何百体いても、稲妻を当てるのは難しくもなんともなかった。
気が付けば、日は登り始めていた。魔物がいなくなって静かになった空を、朝焼けが色鮮やかに染めていく。
誰も何も言わなかった。何も言えず、アスを見ていた。
「ガウ……?」
クロが恐る恐る、アスに近付いてくる。そうしてアスを、不思議そうに眺めた。
アスはそっと、右手の手袋を取る。
「ほら見て。お揃い」
そう言って、アスは手から火を出して見せた。神子の証が優しく光る。クロは嬉しそうに、その証に頬をすり寄せた。
「神子様だ……」
暫くして、誰かがポツリと呟いた。
「神子様が村を守ってくださったぞ!!」
その言葉に、歓声があがる。家の中にいた村の人たちも、一斉に外に出てアスの周りに集まった。
「あんた、神子様だったのかい!? どうして隠しててんだ!」
「家の中から見てたぞ! 次々と魔物を倒しちまう!」
「雷が、ドーン、ドーンって、凄かったの!」
子供までもが目を覚まして見ていたのか、興奮して飛び跳ねていた。
「アス。おまえが神子だったとは……」
ロイが近付いてきてアスをマジマジと見つめた。
「隠しててごめん」
「いや、そういう意味では……」
「アス!!」
と、ストがアスに飛び付いた。
「マジで、マジで村を守ってくれてサンキューな!!」
「ちょ、スト、苦しっ……」
「誰かがまた死んじまうかもって……! 村がめちゃめちゃになっちまうのかもって……! 俺……! 俺……!」
ストは少し泣いているようにも見えた。それだけ、ストにとって大切な村なのだろう。
けれどもアスだけは知っていた。今回の魔物の襲来は意図されたもの。その原因は、神子の力を隠していたから。そのために村を巻き込んでしまったことが、アスは申し訳なくて仕方がなかった。
「よし、今日もまた宴だ!」
「神子様、好きな料理はあるかい? 腕によりをかけて作るよ!」
「肉は沢山あるからな!」
「あの……!」
勝手に自分のために宴が開かれそうになり、アスは叫ぶ。アスが声を発したその瞬間、アスの声を聞くためか場が静まり返った。それがどうしようもなく、気持ち悪い。
「宴は、その、俺、注目されるのが苦手で……。昨日と同じように普通に接して貰えませんか?」
そう言うと、村の人たちは顔を見合わせる。
「神子様に言われちゃ仕方ねえ! 好きに過ごしてくれい」
「でも欲しいものがあれば言っておくれよ! できることならなんでもするからさ!」
アスが言えば皆回れ右するようなその光景に、アスは吐き気がする。自分はそんな崇められる人間じゃない。やめてくれと、叫びたくなった。
アスはちらりとストを見た。ストも、アスの思っている事に気付いたのか、ぷはっと笑う。
「ほんと、おまえってこういうの苦手なんだな! 俺の家に戻るか!」
そう言ってストは、アスを強引に輪の外に連れ出してくれた。
ストの家に入ると、リアがアスに飛び付いてきた。
「アス! 見てたよ! まさかアスが神子だったなんて! あの時魔物を倒して守ってくれたのも、やっぱりアスなんだね!」
興奮が収まらないリアに、アスは困ったように笑う。
「しかし、何故教えてくれなかったんだ」
「そうだよ! ずっと旅してたのに!」
「それは……」
どう言えばいいのか、まだ頭はまとまっていなかった。そんなアスを見てか、ストはまたパシンと背中を叩く。
「とりあえず、一旦寝てからその話をしようぜ! おまえらほとんど寝てねえだろ?」
「確かに! 言われたらちょっと眠くなってきたかも……」
「おまえらはこの部屋で適当に寝てもらってもいいか? アスが一番疲れてそうだから、アスは俺の部屋に寝せるわ」
「確かに、何時間も魔法を使い続けていたからな」
ストの言葉に、皆納得して頷いた。ストはアスの手を引っ張り、奥の部屋へと連れ込む。そして、アスにだけ聞こえる声で言った。
「一人になりたいんだろ? ここでゆっくりしとけ」
「ほんと、ありがと……」
「村を助けてくれた礼だ! 気にすんな!」
そう言って、ストも部屋を出て行った。今は何も考えたくなくて、ストのベッドに倒れ込んだ。
それから何時間経ったのか、気付いたら眠りに落ちていた。窓を開けて空を見れば、もうすぐ日も落ちようとしていた。ただ、眠れたからか、思考もある程度整理できていた。
とりあえず、自分に封印の力が足りてない事は伝えなければいけないだろう。国の危機に関することだ。けれども、この事をもし始めから知っていたことにすれば、クロの旅に同行したことも、隠してきた理由も、辻褄が合う。
力を使えば死ぬということは言わない。自分の死は、国を守る事には関係ない。なにより、死という言葉で、死に敏感な皆に嫌な思いをして欲しくない。
そうして部屋を出ると、皆思い思いのままストの家で寛いでいた。アスに気付くと、皆優しく笑いかけた。
「ようやく起きたか。疲れは取れたか?」
「うん。おかげさまで」
ふと部屋の中を見渡すと、最初来たときよりも物が増えている気がした。不思議に思っていると、ストが少し申し訳なさそうに言った。
「村の奴らが、神子様にってよ。まあ、あいつら元々世話焼くの好きだから、気にすんな。それより腹減ってねえか? 沢山食材があってよ」
「あはは。じゃあ何か食べようかな」
皆、すぐには神子の事を聞いてこなかった。それがどうしようもなく、心地良かった。
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