17.覚悟ときっかけ
「ほんと、こんなとこで何やってんの」
やっと落ち着いたリアの頭を撫でながら、アスは言った。その言葉に、リアは更に落ち込んだ様子を見せる。
「本当にごめんなさい……。アスが……、ここにいる気がしたから……」
「だからって、ロイやストと来ることだってできたでしょ。なんでわざわざ一人で来たのさ」
「あはは。アスの様子がなんだかおかしい気がして……。二人でお話ししたくて……。なんて、言い訳にしかならないね……」
リアの言葉に、アスは気付かれていたのかと少し動揺する。ここに来させてしまったのは、間違いなく自分が原因だった。もし一人になろうと村の外に出なかったら、もしもう少し早く村の中に帰っていたら、そもそもリアに気持ちを悟られなかったら、きっとリアを危険な目に合わせることもなかったのだろう。
「リアにはもう未来があるんだからさ。俺なんかのために、せっかく未来のできた命を無駄にすることをしないでよ」
「そんな事……! でも、私のせいでアスを危険な目に合わせちゃったんだから、意味ないよね……」
「それは違う。元々は俺がこんなとこにいなかったら……」
と、アスやリアとは違う足音と声に、二人は顔を上げた。
「こっちから音がしたな」
「しかもなんかすっげー光ったよな!?」
「ガウ……!」
「クロ、こっちで合っているのか?」
聞き慣れた声に、アスはリアの手を引いて立ち上がった。その音に向こうも気付いたのか、ランプの光が、アスとリアを照らした。
「おまえら、どうしてこんなとこに!?」
「アス、ずっと探していたのだぞ! しかもリア様まで!」
そう言って、ロイとストはこっちへ駆け寄って来た。ロイとストも自分の事を探していたのかと思うと、アスは申し訳なくなる。
「しかし、さっきの音と光はいったい……。って、アス!! その背中はなんだ!!」
と、ロイがギョッとしてアスの背中を照らす。怪我はすっかり治ったけれども、服は血だらけで引き裂かれたままだった。
「周りにもすげえ血が飛び散ってる……。なあアス、もう大丈夫なのかよ」
ストも不安げにアスを見た。
「あ、うん。リアが治してくれたから……」
「また危険なことをしたのか! おまえは!」
と、ロイはアスの腕を掴み、アスを睨み付けた。
「自分の命を大切にしろと言っただろ!」
「ロイ! 今回アスは私を守ってくれたの。だから私のせいだよ。アスを怒らないで。悪いのは、一人で外に出ちゃった私だから」
「……っ。そうか……。怒鳴ってすまなかった……」
アスの手を掴むロイの手は震えていた。ロイは人の死を異常に恐れていた。そんなロイを見て、ロイには絶対に力を使えば死ぬことは言えないなとアスは思う。
いや、ロイだけじゃない。身近に大切な人を亡くした皆は、出会って間もない人間の死にすら敏感だ。こんな優しい人達を、自分の命なんかのために嫌な思いをさせちゃいけない。
アスは、ロイを安心させようと優しく微笑んだ。
「ロイ。もう本当に大丈夫だから。それに、元はと言えば一人で外に出た俺が原因だから、怒られるのは当然というか……」
「ったく。なんで夜に外なんて……」
「あはは。賑やかな所はなんだか苦手でさ。外に出てぼーっとしてたら、気付いたら寝てたんだ。ほんとごめん」
そう言えば、ロイは大きくため息をつく。
「外で一人で寝るなんて、どんな怖いもの知らずだ」
「それはリアにも言ってよ! リアが森で大声で俺の名前を呼んでてびっくりしたんだから」
「うっ、ごめんなさい……」
リアはまだ落ち込んでいるのか、どんよりと沈んだ声で言った。
「まっ、とりあえず帰ろうぜ。村の奴らも心配してるからよ」
ストの言葉に、想像以上に騒ぎになっている気がしてアスの心が重くなった。おまえは迷惑な人間だと、また頭の中の声がアスを嘲笑う。
本当にそうだ。寧ろこんな人間だから、死ぬ運命にある神子に選ばれたのかもしれない。誰もかれも優しくて、この中で一人犠牲になるなら確かに自分がいいと、アスは一人納得した。
「おっ、無事見つかったのかい?」
と、アスが村に入るなり、一人の女性が声をかけてきた。
「おう、無事見つかったぜ」
ストがそう言うと、わらわらと人が集まってきた。
「まさか外にいたとはなあ! おまえさん、怖いもの知らずだな!」
「ちょっと服がボロボロで血だらけじゃないの! 怪我は無事治してもらったんだね! いらない息子の服あげるから寄っといで!」
「腹減ってねえか? まだ広場行ったら食いもん残ってんぞ!」
村の人たちの勢いに、アスは思わず1歩下がる。ストの言葉的に騒ぎになっていると想像はしていたが、会ったばかりの村の人たちがこんなにも心配してくれているとは思わなかった。
「騒ぎにしてしまってごめんなさい。あの、えっと、色々とその辺は大丈夫なので……」
「そう言わずに遠慮しないで」
グイグイとくる村の人たちに、どうしようかとアスは対応に困ってしまった。そんなアスの肩に、ストの腕がぐるりと回る。
「あー、着替えとかその辺は俺のとこでどうにかするって約束したからさ! まあ俺に任せとけって!」
「そうかい、それならいいけど……」
チラリとアスがストの方を見ると、ストはそうだろとアスに笑いかけた。アスもとりあえずストに合わせて頷く。
「そういうことで! 俺の家連れて行くわ!」
そう言って強引に進むことで、ようやくアスは村人から開放された。
そして連れられた一軒の家に、アス達は入る。家の中は素朴で、けれども随所に落書きを消した跡や何かを落としたような小さな傷が溢れているものだから、ストやチルアが幼い時から過ごしてきた光景が簡単に目に浮かんだ。
「スト。その、ありがと」
「いいって! おまえ、ああいうの苦手なんだろ? だからって一人になりたくても、もう外には出んなよ! 俺の部屋貸すからさ!」
「うん、ほんとごめん」
そう言ったアスの背中を、ストはパシンと叩く。
「気にすんなって! 服、ちょっと待ってろよな! チルアはもう寝てるから、騒がしくするのだけはやめてくれ」
そう言ってストは部屋の奥に入っていった。ストの優しさに、アスの胸は熱くなる。
なんでこんなにこの世界は優しい人で溢れているのだろう。迷惑かけても、こんなに優しくしてくれて、申し訳なかった。
そんな事を思いながら、アスは着ていた上の服を脱ぐ。確かに服は血だらけで引き裂かれていて、背中が無事なのが不思議な気分だった。
暫くして、ストは何枚かの服を持って出て来た。
「これ、3年ぐらい前に着ててもう入んねえんだ。好きなの貰ってくれていいぜ」
「3年前……」
3年前といえば、14歳ぐらいだろうか。それでも着てみれば、17歳のはずのアスに何故かピッタリだった。
少し不満そうな顔をしていたら、ロイはその理由に気付いたのか、声を殺して笑っていた。ムカついたので、アスは軽くロイに蹴りを入れた。
「でもよ、結局あの音と光はなんだったんだ? おまえら、あの付近にいたから、なにか知ってんじゃねえのか?」
少し落ち着いた頃、ストがアスとリアに尋ねた。とうとう来たかとアスは小さく息を吸った。もう隠す時ではないのはわかっていた。
皆んなの様子を見て、自分が死ぬことは言わないと決めた。けれども、それよりも大きな問題である能力が足りていない事は伝えなければならないだろう。けれども、どう説明するかは決めかねていた。
「うーん。私もわかんないんだ。突然、何かがピカーンって光って、いつの間にか魔物が倒れてて……。あれ? でもあの時アスも、私に覆い被さってて弓は使ってないよね? なんで魔物は倒れたんだろう……」
リアの言葉に、自然と視線はアスの方を向いた。思わずアスは、俺もわからないと言いそうになる。
けれども、この状況でいい加減伝えなければとアスは心を決めた。なのに、ずっと隠してきた後ろめたさからか、能力が足りていない申し訳無さからか、口はどうしてか動かなかった。
『そろそろ神子の存在が明るみに出ないと私も責められかねないからな。言えぬのなら、良い場を与えよう』
と、突然頭の中にあの男の声がした。周りには聞こえていないのか、誰も表情を変えていない。
『魔物にエサを与えておいた。そのうち、こちらへ来るだろう』
その言葉に、アスは顔を上げる。と、同時に鐘の音が鳴り響いた。
「魔物を知らせる鐘!?」
ストの言葉と同時に、アスは外へと走り出した。外に出ると、村の人たちが混乱して逃げ回っていた。アスは空を見て、そして目を見開いた。
「なに、あれ」
何百体の鳥の魔物が、こちらへと向かってきていた。
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