15.役割と自分勝手
「でもさ。結局神の国ってなんなんだ? 長も神の国ってとこの出身なんだろ? なんでそんなに伝説に詳しいんだ?」
リアが落ち着いた頃、ストはミレにそう尋ねた。アスが7年前出会った男も神の国の人間だと思うと、伝説も事実として知っているのではなく、神の国が起こしているようにも聞こえた。
「ここに住む者、我らは地上に住む者と呼んでおるが、その地上に住む者を管理し、種を存続させるのが我らの役目じゃ」
「存続、ですか……?」
「そうじゃ。詳細は混乱を生むからお主らにも言えぬ。じゃが、とある理由で1000年に一度、お主らの国のシールドが弱まる。そこで我らは、神子と黒いドラゴンを地上に作り、お主らを守る事にしたのじゃ」
「じゃ、じゃあ、クロの卵がお城にあったのって、ミレちゃん達がやったの?」
「そうじゃ。正確には神の国でその件を担当する者が置いておる。生贄として神の国に来た人間が地上に戻ってくるのも、その理由じゃ」
ミレの説明で、その担当する者があの男なのだろうとアスは思った。彼も、元生贄なのだろうか。けれどもリアやミレと異なり、あの男の目は冷たかった。
「しかし、黒いドラゴンがいるということは、そろそろシールドが弱まるということなのですね」
「そうじゃ。お主らの国に大きなクリスタルがあるじゃろ? それが濁り始めたら、弱まり始めた証じゃ」
「いや、しかし神子は……」
ロイの言葉に、アスは一瞬ドキリとする。
「ドラゴンがおるなら、もうおるはずじゃぞ? もう成人に近いはずじゃ。話題になっておらんのか?」
「全く話題にあがっていません。確か神子も魔法が使え、しかもリア様と異なり星の紋様が現れるのですよね? しかし、そもそも魔法を使える人を、私はリア様の他に知りません」
「そんなはずは無いはずじゃが……。担当に確認してみるかの」
ミレとロイの会話に、皆を騙してここにいるようで、アスは後ろめたさを感じた。別に、神子の役割から逃げようと思っていたわけではなかった。
リア達と出会う前は、時が来たらこっそり封印して誰にも気付かれず死のうと思っていた。けれども、もしミレが確認したら簡単にバレるだろう。
そうしたら、神子の力を隠してここにいる事を、リアやロイになんて思われるだろうか。何故隠してたのかと言われたら、何て答えれば良いだろうか。
優しい二人に、自分が死なないためなんて言ったとしたら。まだ出会って少しなのに、二人は真実を知れば嫌な思いをさせてしまう気がして申し訳なかった。
たまたま出会っただけの相手でも、死というものは衝撃的だ。更には身近な人を亡くして死に敏感になっている。自分のせいで嫌な思いをさせるのも申し訳なかった。
それと同時に、別の疑問も湧き上がってきた。アスはミレに尋ねるために口を開いた。
「神子は、結局何を封印するわけ? ドラゴンじゃないなら、沢山の魔物?」
「いや、魔物ではない。クリスタルの濁りじゃ」
「濁りを、封印……? そもそも、過去の濁りもどこかに封印してあるとか?」
アスの言葉に、ミレは何故か顔をしかめた。
「そう、じゃな。……浄化という言葉が近いのかもしれん。今この世界のどこに残されているというわけではない」
その言葉に、アス以外の皆は納得したように頷いた。けれども、最初に会ったあの男も封印の力と呼んでいた。何かを敢えてミレが誤魔化した気がして、アスの中に不安が残る。けれども、一人それを追求したらバレるだろう。それだけは避けたかった。
「てかさ、そのクリスタルってやつがリア達の国のシールドを作ってるのか?」
と、一連の流れを聞いていたストが、長に尋ねた。
「そうじゃ」
「そのシールドをこの村にも置けないのか? そのシールドがありゃ、あんなでけえ壁もいらねえし、それに……」
ストは言葉を止めて俯いたが、恐らくシールドがあれば、両親も死ぬことはなかったということだろう。確かに、アス達の住んでいた国では農地も牧場も全てシールドの中にあったから、食料調達ですらシールドの外に出る必要はなかった。しかし、農地や牧場を作り木の壁で全てを覆うのは困難だろう。
「スト。すまんがそれはできぬ」
しかし、ミレが言ったのは肯定ではなく否定だった。
「なんでだよ! 神の国の人間なら、そのシールドだって作れちまうんじゃねえのかよ!」
「確かに、そもそもシールドを貼るためのクリスタルを置いたのは神の国じゃ。しかし、弊害もある。我の神の国での役目は、クリスタルを使わずとも地上の者が繁栄できる仕組みを作ることじゃ」
「弊害って、なんだよ!」
ストが机をダンと叩く。けれども、ミレは首を振った。
「言えぬ。言えば、少なくともリア達の国の混乱を招く。これに関しては譲れぬ。言える時は、この村が繁栄できると証明できた時じゃ」
「それっていつだよ!」
「わからん。早くて何百年後かだと思うが」
神の国の人間と地上の人間では、寿命が違うという。だから、ミレの言う早くては、アスにとって気の遠くなる時間だった。
「なんだか、神の国の奴らって自分勝手だな」
「……そうかも知れぬな」
それ以上、ミレは何も言わなかった。状況を深く理解していないクロが、まだ眠そうに大きな口で欠伸をした。
その後の話し合いで、アス達は今後の方向性が決まるまで、村に滞在させて貰える事となった。いくらリアから国王へ伝えたとしても、長年信じられてた悪しき黒いドラゴンの伝説とは真逆のものをすぐに信じて貰えるはずもなく、作戦を練る必要があった。
それから、ミレは村の人達を集め、アス達を紹介した。ストの言う通り、黒いドラゴンやリアの力を見ると、皆快く歓迎してくれた。特にクロは人気で、その夜、村の人達はクロのために宴を用意してくれた。
「クロちゃんだっけ? ほら、伝説のドラゴンさん、極上のお肉がたんまりあるよ。お食べ!」
「ガウ!!」
クロが肉食と知るなり、クロの周りに沢山の肉が並べられた。流石にクロも全部は食べ切れず、けれども群がる人達に人懐っこくじゃれに行っていた。伝説とは恐ろしいもので、それだけで簡単に人を夢中にさせた。
もし、自分が神子としてここにいたならば。
アスはそんな事を想像した。自分も、ただ神子というだけで、もてはやされていたのだろうか。そう思うと、途端に気持ち悪くなった。
ここでだけではない。きっと、アスの住んでいた国でもチヤホヤされ、いるだけで尊敬の眼差しを浴びていたのだろう。それが神子という存在だった。神の子と書く神子は、王よりも上の存在。
どうせ死ぬのならば、そうやって過ごすのもありだと言う人もいるかもしれない。でも、神子はただ神の国が作っただけのものでしかない。それを、本当は何もできない癖にあたかも自分の実力だとチヤホヤされるのは、なんだか気持ち悪くて仕方がなかった。ただの人としてここにいるのが、アスは心地良かった。
そうして宴が落ち着いた頃、ミレは神の国で調査を行うと去っていった。リアとロイは、明かされた真実にまだ興奮が冷めないのか、残って宴を楽しんでいる人達の輪に入って楽しんでいた。その世界は幸せで溢れすぎていて、アスはそっと離れ、村の外に出た。
村の外は、宴をしている騒がしい村の中とうって変わり、静かだった。耳を澄ましても、風の音しかしない。月明かりしかない真っ暗な空間は、自分の気持ちを隠してくれている気がして落ち着いた。わざわざ危険な村の外まで探しに来る人はいないだろう。危険な場所のはずなのに、アスはほっとした。
アスは、一本の木の下に腰を下ろす。そして、手袋を外して自分の手を見た。魔法でミレのように炎を出してみれば、星の紋様が浮かび上がった。
本当は、自分が神子である事を明かせば全て丸く収まるのだろうとアスは思う。そして、神子として黒いドラゴンの本当の役割を話せば良い。神から聞いたものだと言えば、きっと信じて貰えるだろう。神子とは、そんな存在だった。
それに、ミレが調査すれば、自分が神子だとバレるのも時間の問題だろう。それならば、自分で話したほうがいい。
けれどもアスの中で、再び未来が消えてしまった事を、心の中で整理できていなかった。それに、封印の力を使えば死ぬという事を伝えるべきかも決めかねていた。伝えることを想像する度に、ショックを受けた皆の顔が頭にチラついた。
と、カサリと草が鳴って、アスは顔を上げた。そして、目に入った存在に、アスは息を止める。
「まさかこんな所にいるとはな」
そこにいたのは、7年前アスに神子の力を宿した、あの男だった。男は、7年前と変わらぬ姿でそこに立っていた。
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