14.真実と期待
「これは、神の国への通路じゃ」
そう言って、ミレは裂け目に触れると、その中に吸い込まれていった。そして、1分もかからないうちに、この部屋に現れる。
「すげー! どっかすげえとこから来てるとは聞いてたけど、俺も初めて見たぜ!」
「でも、私こんな魔法使えないよ?」
感動するストの隣で、リアが不安そうに尋ねる。
「これは魔法というより道具の力じゃ。まあ魔法が使えること前提じゃが。この指輪に魔力を込めると発動する。コツさえ掴めば、簡単にできるぞ?」
そう言って、ミレは手に付いている指輪を見せた。指輪には、丸い透明の宝石のようなものが付いていた。ミレが手に力を入れると、その宝石がキラリと光り、そして再びあの裂け目が現れた。
「えっ、じゃあ、これを使って本当に帰ってこれるの!? 帰ってきていいの!?」
「よいぞ? まあ、あまりここにい過ぎると寿命が縮まるがの」
「でも、今まで戻ってきた者がいるもいう話は、聞いたことがありませんが……」
ロイが、訝しげに言った。確かに、生贄になって死んだと思っていた人間が生き返って戻ってきたとなったら、騒ぎになり、記録にも残されていただろう。けれども、リアもロイも知らないも言うことは、その記録は無いということだ。
「確かに、ここ数千年で知り合いのもとに戻ったものはおらぬというのは事実じゃ。正確には戻りたくなかったというのが事実じゃろう。どうせ死ぬのだからと、20年間酷い生活を強いられて来た者が多いからのう」
「酷い生活ですか?」
「ああ。例えば1000年程前に来たやつは、最低限生きられるように、そして逃げられぬように、ほぼ幽閉されて20年間生きておったそうじゃ。そりゃ、戻りたくも無くなるじゃろ」
「それは……、確かに……」
ミレの言葉に、ロイはギュッと拳を握りしめた。リアも、悲しそうな顔をして俯く。
「私は、お父様とお母様が庇ってくれたから。死んでしまう私にお金や時間をかけることに、文句を言う人も沢山いたよ。治癒の魔法がどんな病気も怪我も治せるって分かってからは、手のひらを返したように機嫌を取ってきたけど」
「ひでえ奴らだな! ぶん殴ってやりたいぜ!」
ストが、信じられないと声をあげる。アスも、知らなかったお城の中の世界に怒りを覚えずにはいられなかった。
リアはお姫様だから、勝手に生贄でも幸せな世界で生きていられたのだと思っていた。けれども、全然そんなことはなかった。寧ろ、数々の心無い言葉を幼いうちから何度も聞いてきたのだろう。そんな中、どうしてこんなに笑顔で前向きにいられたのだろうかと、アスは不思議で仕方がなかった。
「まあ厳密に言うと、顔見知りの所に戻らなかっただけで、戻っておる者はおる。それが、神の国に住むものの役目だからの」
「神の国の役目?」
リアはミレに尋ねた。
「そうじゃ。それには、そのドラゴンやシールドに関して話す必要がある。その前に、お主らの国ではどのような伝説になっておるのか、もう一度聞かせてくれんかの」
その言葉に、リアは頷く。
「私が聞いたのは、悪しき黒いドラゴンが多くの魔物を引き連れて国を襲って来て、それを神子が最強の魔法で倒して封印するというものだよ」
それは、アスが知っているものと同じ内容のものだった。封印の代償に神子が死ぬというのは、リアもやはり知らなかったが。
「お主らの国に、壁画は無いのか?」
「あるよ! ドラゴンと神子が向き合って戦ってて、その下に沢山の魔物がいる感じかな?」
「そうか。時間が経ち、意味が変わってしもたか」
そう言ってミレは、壁に手をかざす。すると、壁にリアの言ったような壁画が映し出された。アスは初めて見たが、確かにドラゴンと人間が向かい合って描かれており、その下に無数の魔物がお城に向かって進んでいるようにも見えた。
「そうそう! ミレちゃん、それだよ!」
「ごほん。ちゃん付けはやめろと……。まあよい。これは、ドラゴンと神子が敵対しているものではない。これは……」
ミレの言った言葉に、アスは暫く息をすることができなかった。
「ドラゴンと神子が共に魔物を倒している所じゃ」
「それって、もしかして……」
「そうじゃ。黒いドラゴンは神子同様、国を救う英雄じゃ」
クロは神子と同じ英雄。つまりは、伝説は、また繰り返されるということ。
なんで、どうして、なんて、ここで言うタイミングではないことはわかっていた。この数日間、クロが悪しきドラゴンになって国を襲わないためにアスは旅をしてきた。そうしたら、クロを封印して死ぬ事も無くなるのではないかと、期待して過ごしてきた。
でも、そんなことはなかった。初めから、クロは悪しきドラゴンではなかったのだ。
運命は変わっていなかったのだ。自分の未来は、まだ無いままなのだ。
「ほんと!? じゃあ、クロも封印されることなく生きれるの!?」
「そうじゃ。寧ろ生まれたドラゴンは、その伝説があるからこそ大切に育てられるはずじゃった」
「凄い、凄い! 私もずっと生きれて、しかも神の国に行っても皆に会いに来ることができて、しかも、クロまで良いドラゴンってわかって……! えへへ、なんて幸せな日なんだろう!」
そう言って無邪気に喜ぶリアは、心から幸せそうにはしゃいでいた。けれどもアスにはその言葉が、真実としてグサリグサリと刺さっていく。
「リア様、本当に良かったですね!」
「うん!」
「言っただろう! このドラゴンはすげえ伝説なんだって!」
「そうだね! 確かにその通りだったね!」
リアは、この騒ぎの中スヤスヤと眠っているクロに抱きついた。
「クロ! 私もクロも、生きれるよ!」
「ガウ……?」
クロは、何が起こっているのかわからないのか、寝ぼけ眼でリアを見た。けれどもリアがあまりにも喜ぶものだから、クロもリアの頬に顔をすり寄せた。
「アスも……!」
リアは、アスの方を向いた。
ちゃんと一緒に喜べているだろうか。そうアスは思う。きっと大丈夫。笑う練習は、街にいたときから沢山してきた。この幸せムードを壊したくはなかった。
「アスも、本当に付いてきてくれてありがとう! アスがいなかったら、ここまでたどり着けなかったよ!」
そう言って、リアはアスに抱き着く。こんな時、なんて言うのが正解だろうか。不自然でないように、心から喜んでいるように言わなくちゃ。
「リアもクロも、本当に良かった! 未来の事、色々と沢山考えなきゃね」
アスがそう言えば、リアは嬉しそうに笑った。そんなリアに、少しだけアスはホッとする。
良かった。間違えなかった。
「そうだね! 諦めてた未来の事、沢山考えられる! でもまず、クロが大丈夫だよって事伝える方法考えなきゃ……」
そう言いながらも笑うリアは、キラキラして眩しかった。もともと眩しかったのに、未来ができて余計に眩しくなった。
良かった。良かったはずなのに。なのに心はチクチク傷んだ。
喜ばなきゃいけない。なのに素直に喜べない自分の感情に、アスは嫌になった。
こんなにも愛されて、自分でも頑張っている人が長く生きれるのだ。素敵な事に違いない。犠牲になるなら、もともと捨て子でいらなかった、自分のような存在が丁度いい。だから、神子に選ばれたのは、自分で良かったのだ。いらない自分の命一つで、多くの人が救われる。それはこの世界にとって、いい事に違いなかった。
けれども少しだけ、リア達と出会ってから未来を思い描いてしまった。未来なんて、7年前からずっと無かったはずなのに。こんな自分の命でも、誰かの役に立てるのに。
なのになんで、こんなに泣きたくなるのだろう。
そんな気持ちを悟られないように、アスは必死に喜んでいるふりをして見せた。
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