13.神の国と生贄

部屋の中は来客用なのか、ソファーとテーブルと、少しの装飾品程度しか無かった。

長は、一人用のソファーによっこいしょと座る。


「お主らも座るがよい。なに、緊張などせんでよい。楽な体勢でいてくれ」


長の言葉にストは遠慮なくソファーに座ったため、アス達も恐る恐る座った。

長は、足を組んでソファーにもたれかかり、威厳を出しているようにも見えるが、やはり小さくて可愛らしかった。


「まずは自己紹介でもするかの。我の名はミレ。ここでは長をやっておる」

「ミレ……、ちゃん……?」

「もうちゃん付けで呼ばれる歳ではないわ! とはいえ、外から来たお主らにはそう思われても不思議ではないか。我は5000歳を超えておる!」


そういえば、チルアも長は5000歳を超えていると言っていたことをアスは思い出した。

けれども、目の前に座るミレを見る限り、5000年以上長生きしているとは思えなかった。


「お主ら、疑っておるな?」


ミレがアス達を睨み付ける。

疑っているのは事実ではあるが、長と呼ばれる人に、はい疑っていますなんて正直に言うことはできなかった。

ただ一人を除いては。


「だって、ミレちゃんこんなに可愛いんだよ?」

「可愛いと言うな! 可愛いと!」

「だって、可愛いのは事実だよ?」


リアが、目をキラキラさせながらミレを見る。

確かにリアも王女という身分である事を考えると、長と対等に話しててもおかしい事では無いだろう。

けれども、お互いの事がわからない初対面でここまでグイグイいけるのは、流石はリアと言ったところだろうか。


「ええい、うるさい! 事実は事実じゃ! そうじゃろ? スト」

「そうだぜ! 長は俺が生まれたときから全く見た目が変わってねえ!」


ストは、戸惑いなくそう言った。

ストが嘘をついているようにも見えず、ここでずっと暮らしている人間のことを疑う理由も無かった。


「しかし、5000年も生きている人間なんて……」


まだ信じきれていないのか、ロイがぽつりと呟いた。

その言葉に、ミレは文句を言いたげに腕を組む。


「お主ら、どうせシールドの貼られている国から来たのじゃろ」

「えっ、どうしてわかったの!?」

「この辺りで人が住んでいるのは、こことその国しかおらぬわ! そこで……。あー、見せたほうが早いわ」


そう言って、ミレは手のひらを上にする。

すると、ぼおっと炎が手のひらに浮かび上がった。


「本当に魔法が使えた!?」

「そうじゃ! 我は神の国の者。だから寿命が違うのじゃ。お主らの国からも、魔法を使える者をこちらに寄越してるじゃろ」


なんてことのないように、長はそう言った。

けれども、その言葉にアス達は固まった。

寄越すなんてそんな平和な話は、聞いたことなどなかった。


「ちょっと待ってください! どういうことですか!」


真っ先に机を叩き、立ち上がったのはロイだった。


「魔法を使える者は生贄と呼ばれ、そして……! そして……」


死ぬ運命になる。

その言葉を、きっとロイは言うことができなかったのだろう。

けれども、ミレは何かを理解したのか、ポンと手を叩いた。


「そういえば、ここではそういう事になっておった! まあ、言ってはならぬということもないし、良いか。魔法を使える者は生贄となって死ぬわけではない。神の国に呼ばれ、そこで生活するだけじゃ」


その言葉に、スト以外の皆は顔を見合わせた。

生贄、つまり、リアは死ぬわけじゃない。

ミレはそう言っていた。


「えっと、神の国とは……」

「まあちょっと訳があっての。人間の中で、魔法が使える者が住んでる場所じゃ。そこは時間がゆっくり進むでのう。そこで、神の国の者は何万年と生きるのじゃ」

「魔法を使える人間を呼ぶのはいったい何故なのですか!? わざわざ呼ぶ必要は……」


そう言うロイの声は、少し震えていた。


「本来、呼ぶつもりは無かったと聞いておる。じゃが、変わったきっかけは我のせいじゃ。寿命は、空間とは別に産まれた場所で決まるようでの。我は、始めて神の国で生まれた子供じゃ。そして、赤ん坊のまま何百年と生きた。それはこの地に降り立っても、多少成長は早まれど、この地の赤ん坊のようには育たなかった。だから、この国で産まれた魔法が使える人間が十分に育った頃に呼び寄せて、人を増やすことになったのじゃ」


ミレの言葉の意味を、徐々に三人は理解し始める。

そして、それを飲み込めた瞬間、リアがガタリと立ち上がった。

見上げると、リアはポロポロと涙を流していた。


「私っ、私っ、生きれるの!? 20歳を超えても!?」


リアの様子を見て、ミレは一瞬目を見開いた。

そして、理解したのか、目を細めて頷いた。


「そうか。お主が生贄じゃったか。そうじゃ。お主は生きれるぞ」

「ほんとに!? 私、死なない……!? 死なないの……!?」

「ああ、安心せい。お主は死なぬ。お主は神の国に来て生きるだけじゃ」


その言葉に、リアは今まで我慢していたものがはち切れたように大声で泣き始めた。

そんなリアを、アスは見たことがなかった。

ずっと明るく振る舞っていた。

けれども、ずっと本心は怖かったのだろう。

隣にいたロイも、本当に良かったと静かに涙を流していた。


「あはは……。本当に良かった。でも、皆と離れ離れになるのは変わらないのかなあ」


少しリアが落ち着いてきた頃、リアがポツリと言った。

確かに、死んでしまうということは無いが、神の国で暮らすということは、ここで暮らしている人とは永遠の別れになると考えるのはおかしなことでもなかった。


「そんなこと無いぞ! 我もそうだが、簡単に神の国から行き来できる。お主の住む城にだって……。ちょっと待て」


と、ミレが何かに気付いたのか、説明を止める。


「何故、生贄対象のお主がここにおる! しかも我の知る限りでは、お主は一国の姫ではないのか!? まさか逃げ出してきたのか!?」

「えっ……? あ、えへへ。逃げ出してきたわけではないよ。本来の目的は……」


リアは涙を吹きながら、ずっと静かにしていてくれたクロを覆う布を取った。

クロは、ソファーの上でスヤスヤと眠っていた。


「この子を助けたくて……」

「黒のドラゴンじゃと!? 何故このドラゴンまでここにおる!」

「えっと……。私の国では、クロ……、黒いドラゴンが、悪いドラゴンになって国を滅ぼしちゃうって伝説があって……」

「なんだそれ! 俺の村で聞いてるやつと真逆じゃねえか!」


スト驚いた声をあげる。

本当に、この村では黒いドラゴンは崇拝される存在らしい。

アス達の国で言う、神子の存在のようにも見えた。


「……あやつ、調査をサボっておるな」


と、ボソリとミレは言い、ため息をついた。


「黒いドラゴンが産まれたということは、時間もないのじゃろう。まあよい。お主らは国のために動いておるようだし、悪いようにはならんじゃろ。生贄の事も、ドラゴンの事も、本当の事をお主らに伝えよう。……まあ、我も今の仕組みに反抗してここにおるわけだしな」


そう言って、ミレはソファーに深く座る。


「お主らも一旦座れ。話さねばならぬ事が沢山ある。まずはそうじゃな。この国と神の国との行き来から説明するか」


そう言って、ミレは何もない空間に手を伸ばした。

そこに現れたものに、アスは一瞬息を止めた。

そして、体の震えを必死に隠した。


それは、忘れもしない、アスに神子の力を宿した男が、去るときに出した空間の裂け目だった。

真っ白の髪を持つミレが、あの日見た白髪の男に重なる。

アスは動揺を悟られないよう、必死に初めて見たかのように装った。

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