10.成長と突然

 あの日からも、いつも通りに旅は続いていた。リアとロイからも、アスが何を考えているのか聞かれることもなく、けれども変わらず接してくれていた。それがアスにとっては心地良かった。

 ただ、変化もあった。


「もう、私のリュックに入るのは無理だね」

「くー……」


 10日経ち、クロの体が急成長したことだ。かなりゆとりがあったはずのリアのリュックは、今ではクロが入ろうとすると、はち切れそうな程になってきた。


「肉を食べるようになってから、本当に一気に大きくなったな」

「そろそろ飛べそうだよね」


 アスがそう言えば、クロは自分の体と変わらない程の羽を広げて、羽ばたきながらジャンプした。まだ自由には飛べないが、地面から木へと飛び移れる程度にはなっていた。


「まあ、自分で生きていくためには、自分の足で歩かんとな」

「確かに、甘やかしてばっかじゃいけないなあ」

「そもそも、もう歩けるとは思うよ。魔物に対しても、完全に一つの戦力として戦ってくれてるし。これだけ動けて歩けないということは無いと思う」


 実際の所、クロに魔物を一体任せても倒してくれるまでに成長していた。火を吐くだけでなく、噛み付く力も体の割に相当なようで、アスやロイの動きを見てか、魔物の急所を的確に噛み付いていた。

 勿論、攻撃を一切受け付けないというのも無敵要素となっている。人懐っこい事以外は、伝説に出てくるドラゴンと言われても違和感が無かった。


「確かに、そろそろ一人立ちの事も考えねばならんな。まあ、そろそろルーゼ様の言っておられた集落も近付いているだろうし、そこに行ってから考えても良いかもしれんが」

「そっかあ。もうその時期かあ」


 リアは少し寂しそうにクロを撫でる。今日は森に入ってから丁度10日目で、しかも、ルーゼの言う通り魔物の数は殆ど見なくなっている。魔物とでくわすのはゼロではないが、通常であれば魔物に襲われて死んでしまうはずの普通の動物も見かけるようになっていた。


 と、ガサガサと草むらから音がした。アスとロイ、クロは、リアを守るように臨戦態勢に入る。しかし、通常の魔物とは違い、なかなか襲って来ない。

 普通の動物か? と、思ったその時だった。


「チルア!? そこにいるのか!?」


 声と共に、一つの影が飛び出して来た。


「えっ……。人……?」

「チルア!? えっ……。誰……?」


 現れたのは、アスやリアと同い年ぐらいの茶髪の青年だった。


「えっ!? えっ!? おまえら村にいねえよな!? おまえら何者!?」

「あっ、怪しいものではないんだ! 私達は……」

「あー!!!???」


 ロイが説明しようとしたその時だった。その青年は、驚くほど大きな声をあげた。そして、ヤバイと口を塞ぐ。


「魔物、来ねえよな!? ……うん、大丈夫。また怒られるとこだったぜ。そ、それよりだ! その、こいつ、俺の見間違いじゃなければ、黒いドラゴンだよな!?」

「そうだけど……」


 リアは、不安そうにクロを抱き上げる。黒いドラゴンを見て、警戒されるというのがこの世界の普通だった。

 けれども、青年の様子は想像していた反応と少し違った。


「すげー!! 初めて見た!! つか、思ったよりちんちくりんだな!!」

「ガウ!!」


 その言葉の意味がわかったのか、クロは少し怒ったように火を吐いた。


「クロ!! 駄目!!」

「きゅー……」

「す、す、すげー!! 火も吐けるのか!! かっけえ!!」


 青年は、テンションが上がったかのように飛び跳ねた。その言葉に満足したのか、リアの腕の中でふんぞり返った。


「す、すまない。このドラゴンが怖くはないのか?」

「怖い……? まあ確かに最強のドラゴンだし、怒らせたら怖いかもだけど……。でも、伝説のドラゴンだぜ!? テンション上がるに決まってるじゃん!」


 その言葉に、三人は顔を見合わせた。青年の言う伝説は、自分達の知っている伝説とはまた違う気がした。


「ごめん。どんな伝説か教えてくれない?」

「伝説って、あの伝説だよ!! って、村の人じゃねえもんな! 伝説って言えば……、その、伝説だ!!」

「あの……、もう少し具体的に……」

「えっと、あのすげー奴がいて、このつえードラゴンがいて、それで皆救っちゃうって話だ!」

「えっと、ドラゴンが皆を救う……?」


 アスの質問に、青年は大きく頷いた。


「そう! 皆を救っちまうんだ!! 壁に絵もあるんだぜ! おまえら、伝説に興味あるなら、長のとこに連れて行こうか? このドラゴンがいるなら、村のみんなも皆快く出迎えてくれるはずだぜ!」

「と、とりあえずその長さんの所に行ってみるのはどうかな? 説明が……、その……」


 リアの言葉に、アスとロイは頷いた。リアも本人の前では言葉を濁したが、説明が壊滅的に伝わらない。


「その長様の所に案内してくれないか? その前に、あなたは誰かを探していたようだが……」

「そうだった!!」


 そうロイが言えば、青年はハッとしたように顔を上げ、そして突然地に頭を付けた。


「頼む!! その前に頼みたいことがある! 妹が行方不明で、一緒に探してほしい!! 森ではぐれたんだ!!」


 その言葉に、三人は顔を見合わせ、そして頷く。森に少ないとはいえ魔物がいるとなれば、危険な事は間違いなかった。


「勿論! 俺達、魔物の戦いには慣れてるから!!」

「助かる!!」


 そう言って青年は走り出そうとした。と、突然リアの腕にいたクロが、飛び出して青年の前に降り立った。


「ガウ!」


 そして翼を、一つの方向に向ける。


「そっちへ行けってか?」

「ガウッ!」

「マジで助かる!」


 そう言って青年は、クロに指された方向へと駆け出した。アス達も、それに続く。


「チルア!!」


 その声につられて顔を上げると、目の前には5匹のオオカミ型の魔物と、木の上に登って泣いている10歳ぐらいの女の子がいた。


「ストにい!!」


 ストにいと呼ばれた青年は、躊躇する間もなく魔物の中に飛び込んだ。


「ちょ、危ないって!」


 アスとロイも、慌てて弓と剣を構える。けれども、そんな心配も不要だと言わんばかりに、ストは魔物を籠手の付いた手で殴りつけ、ぶっ飛ばした。そしてそのまま蹴りを入れると、魔物はそのまま気絶した。

 アスとロイも加戦し、難なく全ての魔物を倒していった。


「チルア、もう大丈夫だ!!」

「ストにい!! 来てくれて良かった!!」


 そう言ってチルアと呼ばれた少女は、木を降り、ストへと駆け寄って行った。


「絶対にはぐれるんじゃねえって言ったろ!? でもまあ、はぐれたら木に登れって約束は守れて偉かった」


 そう言ってストは、チルアをギュッと抱きしめ、優しく撫でた。

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