9.後悔と向き合うこと
その日の夜、見張りをしているアスの元に、リアがこっそりとやって来た。ロイは、アスに背を向けて眠っていた。
「……どうしたの?」
「ロイがごめんね。空気を悪くしちゃって……」
「いや、リアは関係ないし、それに俺が気に触る事を言っちゃったんだろし」
アスは、ロイがあそこまで怒っている理由をずっと考えていた。けれども、ハッキリとした理由はわからなかった。
「……ロイね。大切な人を目の前で亡くしたんだ。ロイの大切な人っていうか、私にとっても大切な人なんだけど」
「大切な人……?」
そう言えば、ロイにリアの事が好きなのかと聞いた時、大切な人に頼まれたからだと言っていた。もしその人が亡くなってしまったというのであれば、その時に寂しそうな顔をしていた理由が、やっとわかった気がした。
「うん、私のお母様。私が10歳の時に亡くなったの。心臓の病気だったんだって。私は側にいなくて、助ける事もできなくて……」
「そうだったんだ……」
「ロイはね、ああ見えて昔はちっちゃくて、虐められてたんだって。その時に、私のお母様が助けてくれたみたい。ロイが騎士を目指したのも、お母様を守りたいからだったって言ってた……。だけど、やっと騎士になれたと報告しに行った日に、ロイの目の前で倒れたんだ」
そう言うリアの目にも涙が滲んでいて、ロイだけではなく、リアにとっても本当に大切な母親だったのだろうとアスは思った。
「それからね。ロイ、人が死ぬのがトラウマになっちゃったみたいで。魔物は平気みたいだけど、人に剣を向けるのも怖いんだって。本当は、死ぬ事が決まってる私の護衛もしんどいんだと思うけど、それでもお母様に頼まれたからって。だからね」
リアは、アスの方を見て言った。
「アスが倒れた時も、苛立ちながら言ってるように見えたかもだけど、本当は怖かったんだと思うよ。アスが死んじゃうんじゃないかって」
「……確かに。毒にやられて急に倒れたら、嫌な事思い出させちゃったかも。説明もしてなかったし」
確かに、アスが目を覚ましたとき、ロイの顔は異常に青かった。そう一人で納得していたアスを見て、リアは困ったように笑った。
「死なないとわかってても、私は嫌だよ。アスが苦しむの。って、危険な森に行くのに巻き込んでる私が言えたことじゃないんだけどね」
「でも、リアやロイが苦しむのも駄目でしょ? あの時は、俺かロイかのどっちかが……」
「今日の事は、そうだね。避けられなかったと思う。今日の事は、ロイも、そして私も、寧ろ感謝してる」
「今日の事は……? 他、何か危険な時あったっけ?」
旅を始めてから、魔物は沢山現れたけれども、比較的難なく狩ることができた。ロイがいたおかげで、複数頭いた時も分散できて戦いやすかった。
「……ねえ、アスは、自分の弓の実力があれば、死なないと思ってる?」
突然の、リアからの質問にアスは少し言葉に詰まった。
「えっ? ま、まあ、何もないとは言い切れないけど……」
「何かあった後だと遅いんだよ? アスは私と違って未来があるんだよ? アスは、死ぬのは怖くないの?」
リアからの質問に、アスは固まった。死ぬのが怖い以前に、自分は死ぬと思って生きてきた。死ぬことを怖がっていたら、もう何もすることができなかった。
リアと同じで、未来はなかった。
「こわ……、く、ない……、わけじゃないよ。いや、うん、怖い、怖い」
怖くないなんて本当の事なんて言えなかった。きっと、怖いと答えるのが、普通の人間だ。
「もう単刀直入に言うね。多分ロイは、ううん、私もちょっと、アスが自分の命を軽視してるように見えて、なんでって思っちゃったんだ。お金のために、自分を大切にしてくれる人に止められても、どうして悲しませることをするの、って。残された方の気持ちも知ってるから。でもね、出会ったばかりの私達に、アスの事情なんかわかるはずもないし、だからとやかく言うことでもないってわかってる。ただね、ちょっとだけ、ちょっとだけ不安になってね」
リアは目に涙をためながら、けれどもまっすぐアスの目を見て言った。
「アス、近いうちに死んじゃうって事、ないよね?」
一瞬、息が止まった。
ないよ、なんて言えれば良かったのに、すぐに言葉は出てこなかった。それに、もしクロが悪しきドラゴンにならなかったら、多分きっと、自分が死ぬことはない。けれども、ないよ、なんて、言えなかった。
「なんで……、そんなこと……」
「だって、だってね。もしそうだったら、どうだって良くなっちゃうじゃない? どれだけ命を大切にしても、何しても、どうにもならないって。それなら、自分なんて、もうどうなっちゃってもいいかなって」
確かにその通りだった。どうせ死ぬのだから、自分がどれだけ傷ついた所で気にならなかった。けれども同時に、何故リアがそんな事を思ったのか、わかってしまう自分もいた。
「もしかして、それはリアが生贄になって、思ってること?」
「えっ……」
リアは、目を見開いてアスを見た。そして、静かにアスから目を逸らした。
「うん……。そうだね……。今だって、私が自分でクロを連れて行こうと思ったのは、どこかで、危険な目に合うのは短い命の私が良いって思ってる。あはは、私も人の事言えないね」
「そんな事ないよ。俺がお金のために魔物を狩るのは自分のため。でも、リアは誰かのため、この国のため、でしょ? やっぱり、かっこいいよ」
「そう? ありがと」
アスの言葉に、リアは目を細めて笑った。そうして、静かに月を見上げる。
「そうやって、お母様も救えたら良かったんだけど」
「だって、リアは近くにいなかったんでしょ? 仕方ないよ」
「ううん、実はそうでもないんだ。お母様が死んだ時はね、自分の魔法が嫌いだった。だって、この魔法のせいで死ななきゃいけないんだもん。使いたくもなかった。でもね、この魔法、原因がわからなくても、お医者様が解明できなくても、病気も怪我も治せるんだ。勿論、元気だと思ってる人に使っても」
アスは、それが何を意味するかを気づいて、そっとリアの背中をさする。いつの間にか泣いていたリアは、静かに涙をぬぐった。
「もし私があの時魔法を嫌わなかったら、もしお母様のどんな病気も治しちゃえって魔法を使ってたら、お母様は今も元気だったのかな。なんて、今でも時々思うよ。……私の話ばかりしちゃったね。でも、だから、出来る事は全部やって、使えるものは全て使って、後悔しないように生きるって決めたんだ。アスにだって、さっき治せる病気全部治しちゃえって、治癒術かけたんだから! もし気付いてない病気があっても、全部治ってるよ!」
「それは心強いね」
やっぱりリアはかっこいい。アスはそう思わざるを得なかった。
アスは自分の死を知ってから、逃げてばかりだった。後悔したことすら今までない。そもそも後悔する程、何かと、誰かと真剣に向き合ったことなんてなかった。
「ねえ、アス」
リアは、静かに立ち上がりながら言った。
「色々言っちゃったけど、出会ったばかりの私達に、そう簡単に自分の気持ち言えないのもわかってる。でも」
リアは、まっすぐアスと向き合った。
「アスが、もし私達に言ってもいいって思える時が来たら、その時は、いっぱい聞くからね!」
アスは何かを言おうと口を開いて、そして何も言えずに目を逸らした。きっとリアは、アスが何かを誤魔化した事に、何かを隠していることに気付いている。気付いていて、敢えて話を戻さずにいてくれている。
けれども、まだリアと向き合える勇気もなかった。そんなアスを見てか、リアは何も言わずに寝床へと戻った。
次の日の朝、アスが支度をしていると、ロイがそっと近付いて来た。そうして、手をアスの肩にポンと乗せた。
「私にも、何かあったら言ってくれ。いつでも聞く」
ハッとロイの方を見ると、ロイはふいとアスから顔を背けた。そうして、自分の支度場所へと戻っていく。
ロイも、昨日の会話を聞いていたのだろうか。きっと、聞いていたのだろう。けれども、誰もその事に触れることはなかった。そうして気づいたら、いつも通りに戻っていた。
けれども、少しだけアスの心情に変化があった。もし、クロの件が落ち着いたら。その時は、自分の事を話してみてもいいかもしれない。そう思えるようになっていた。
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