8.毒と無鉄砲

「クロ、火を吐けるようになったんだね! 凄い!」

「きゅー!」


 クロは、リアに褒められ嬉しそうに鳴いていた。


「これからは火をつけるときにクロに頼むと良さそうだな」

「確かに、火を付けるって大変だもんね」

「きゅー!」


 任せてと言わんばかりに、クロは鳴く。ロイも撫でようとクロに手を伸ばすと、クロはロイの手をパクリと加えた。


「お、おい。そのまま火を吐くなよ?」

「きゅー?」

「首を傾げるな! もうおまえが私達の言葉を理解しつつあることはわかっているのだぞ!」

「ロイ、安心して大丈夫だよ! 火傷なら私の魔法で簡単に治せるから!」

「そういう問題では……!」


 リアとロイの会話に笑いながら、アスは支度を始めた。このまま談笑するのも楽しいが、魔物も多く、1日であまり進めていない。ルーゼの言う集落にも、早く行ってみたかった。


「ん? この音はなんだ?」


 と、ロイの言葉にアスも顔を上げ、耳をすませる。その音の理由とこれから起こる可能性のあることに気付き、ロイを止めなければと思った瞬間だった。


「そこか!」


 と、アスよりも先に正体を見つけたロイが、斬りかかる。


「ロイ! 駄目!」


 咄嗟に、アスはロイを突き飛ばす。けれども既に、ロイが剣を振り下ろした後だった。斬ったものから飛び散った液体が、アスに降りかかる。


「この液体に触っちゃ駄目だ! これは毒だ!」


 アスは叫ぶ。

 今倒したのは、ハチ型の魔物だ。しかし、通常のハチとは異なり、体内に毒が充満している。即死性の毒ではないが、数日高熱で寝込む程の危険性はあった。

 毒が回り始めているのか、アスは少し目眩がする。けれども、羽音はまだ消えておらず、恐らく後十体はいるだろう。アスは矢を取り、弓を構えた。


「おい、アス!」

「弓でやるから、ロイはじっとしてて! 剣は距離が取れないから危険だ! リアも離れて!」

「だが……!」


 ふらつきはするが、魔法のおかげで外すことも、威力が下がることも無い。矢を放とうとしたその時だった。


「あっ、クロ!」


 クロが、羽を広げてアスの頭の上に飛び乗った。アスが矢を放ったその瞬間、クロはそれに合わせて火を吐く。矢が、火の矢となって魔物へと直撃した。すると、魔物の体に火が燃え移って、体全体を焼き尽くした。


「そうか。クロ、助かる」

「きゅー!」


 本来であれば、体液を撒き散らさないために、羽を何枚か撃ち抜いて落としていくという行為が必要だった。けれども、火の矢であれば一撃で燃やすことができる。しかも、クロが単体で攻撃するよりも、魔法でコントロールした矢ならば正確に仕留めることができた。

 更には、一切攻撃が効かないクロだ。アスの頭にかかった毒に触れても、クロに効くとは考えられなかった。


「よし、残りも頼んだ」

「きゅー!」


 アスは、次々と矢を放つ。それに合わせて、クロも次々と火を放った。実際の所、アス自身魔法で火を出す事もできたが、神子の力をリアとロイに見せる勇気はまだなかった。


「よし、最後の、1匹……」


 矢を放った後、アスは立っていられなくなり、その場にしゃがみこんだ。きっと動いた分、毒もかなり回ってしまったのだろう。


「アス、後ろ!」


 リアの声につられて後ろを見ると、1匹が、アスの背後に来ていた。咄嗟に矢を掴もうとしても、手が上手く動かないのか、なかなか掴めない。けれども、逃げる余裕も無かった。


「体を攻撃しなければいいのだろう! クロもアスの背中に向かって火を吐いてくれ!」

「きゅっ!」


 その瞬間だった。ロイの剣が、魔物の羽だけを綺麗に切り落とす。

落ちてきた魔物を、クロの炎が体ごと焼き切った。

 そうか、ロイの実力だったら、剣での倒し方を伝えれば良かっただけかと動かない頭でぼんやりと思う。近づいてくるロイとリアに、これだけは伝えなきゃと何とか口を開いた。


「俺、触ったら、毒……」

「おい、しっかりしろ! アス!! アス!!!」


 ロイの呼ぶ声を遠くに聞きながら、アスは意識を手放した。




 温かい、何かに包まれるようなふわふわとした感覚に、アスは目を覚ました。まず目に入ったのは、涙を滲ませながら真剣な顔をしているリアと、顔を青くしながら不安げな顔をしているロイだった。

 瞬間、倒れる前の事を思い出し、アスは慌てて体を起こした。数日寝込むはずの毒なのに、どうしてか体が軽い。しかも、毒の液体で濡れたはずの服は、綺麗に着替えさせられてきた。


「どうして……」


 と、突然何かに包まれる。リアが抱きついてきたのだ。


「アスの馬鹿!! ……ほんと、良かった」

「え、えっと……」

「しんどいとかない!? 痛いとことか……。言ってね! 全部全部治すから!」


 そう言われて、アスはようやくリアが治癒術を使える事を思い出した。


「もう大丈夫。もしかしてリアの治癒術? こんなにも早く楽になるなんて……」

「……何故私を庇った」


 ずっと黙り込んでいたロイが、聞いたことがないほどの低い声でアスに問いかけた。


「ロイ……? え、だって、ロイに毒がかかったら……」

「遠距離の方が向いてるなら、私など気にせず倒せば良かっただろう! リア様の治癒術だってあるのだ!」

「ご、ごめん! 治癒術の事、頭から抜けてて……。ほ、ほら、何日か熱が出る程度の毒で、死ぬわけじゃないから!」


 そう言いながら、アスは一つの事に気付く。ロイはリアの騎士だ。だから、恐らくリアの安全が一番なのだろうと、アスは気付いた。


「……確かに、リアを守る事を考えたら、俺が毒にやられずに戦ってた方が良かったかもしれない。ごめんね。これからは、その事も頭に入れて動くよ」

「そういう意味では……、なくてだな……。いや、私を助けてくれて感謝する……。これからは、自分の身も大切にしてくれ。私も、自分の身は自分で何とかする」

「わ、わかった」


 まだ少し青ざめているロイを、アスは不思議そうに眺めた。もしかして毒で倒れた事を気にしているのだろうかとも思うが、それにしては過剰な気がした。即死性の毒ではないと伝えていなかったため、もしかしたら死んでしまうとでも思ったのだろうか。

 そう思って、アスは二人に説明を始めた。


「基本的に、即死性の毒を持ってる魔物には出会った事ないから安心して。ただ、虫とか爬虫類とかの魔物の毒は、熱とか吐き気だったり麻痺して動けなくさせてくるから、気を付けた方がいいと思う。基本的には俺も戦わずに逃げてたけど、戦うなら脚とか羽とか、体や頭以外を攻撃して封じるのがいいかも。虫の魔物は、クロに手伝ってもらうのが手っ取り早そうだったけど……。まっ、あくまで俺が色々と試しただけの話だから、もしかしたら危険な毒を持つ敵もいるかもしれないけどね」


 アスがそう説明するも、リアとロイの顔は全然晴れなかった。それどころか、何故かどんどん曇っていった。


「……アスは魔物の知識とか狩り方って、誰かに教えてもらったものじゃないの?」

「自己流だよ? 俺の知ってる人に、魔物狩りしてる人はいなかったし」

「色々と試したって、前にも怪我や毒があったってこと?」

「まあね。最初は狙う場所もわかんなかったし、毒も浴びちゃってたけど。まあ、ルゼばあの家の近くて狩ってたから、なんとか逃げ帰ってこれたけどね」

「ルーゼさんと……、ダンさんだっけ? 二人は止めなかったの?」

「最初は怒られたけど、諦められたというか……。あ、最近は毒も怪我も全然なくて、ほんとにやられたのは何年も前の話で……」

「……この国は、幼い時からアスがそんな危険な事しなきゃいけない程、本当は貧しい国なの?」


 リアの言葉に、アスはリアがこの国の王女である事を思い出す。生贄として生きてきたとは言え、国全体の事を見る教育を受けてきたのだろう。実際この国は平民でも豊かに暮らせるし、モノ好きが魔物を狩ってるに過ぎなかった。


「違う違う! これが手っ取り早くお金稼げるだけ! 早く自立しなきゃいけないし、それに、俺の弓の実力見たでしょ? やっぱりこれだけ実力あるとさ、使いたくなるんだよね」

「……っ。自分の命を大事にしろ!」


 そう言ってロイは、アスに背を向けて支度を始めた。リアも、そんな様子を見ながら困ったように立ち上がる。その日、ロイはアスに最低限の口しかきかず、重たい空気が流れていた。

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