7.成長と大切な人
ヒュッ、と、アスの放った矢は魔物の急所に当たる。暫くして、魔物は力尽きたように息絶えた。
そうして倒した魔物は何体目か。もう少し奥に進めばマシにはなるだろうが、シールドに近いエリアの魔物は数え切れなかった。
そんな倒した魔物をつつきながら、アスはため息をつく。
「あー、これをお金にしたらいくらになるんだろな」
「ここに来ても金か」
「仕方ないじゃん。俺、これで稼いでたんだから」
「あはは……。これだけ魔物を簡単に沢山倒しちゃうなら、お城で私が見た魔物素材の商品、アスが狩った魔物のもありそうだね」
流石にこの魔物の死体をずっと持っているわけにもいかない。捨てておいても時間が経てば土に返っていくのだろうが、どうしてもアスは勿体無く感じてしまった。
「きゅ?」
と、クロがリアのリュックから顔を出す。そして、バタバタと暴れ始めた。
「クロ? 出たいの?」
「きゅー!」
「魔物はもう襲ってきそうもないし、大丈夫かな?」
「きゅー!!」
早く早くとバタつくクロを、リアはリュックから出した。両手で抱えられる程の大きさしかないクロは、よたよたと魔物の死体へと近寄っていく。クンクンと臭いを嗅いだと思ったら、大きな口を開いて魔物にかぶりついた。
「クロ!?」
自分の大きさ以上の魔物の肉を、美味しそうにかぶりつく。硬いはずの皮も気にせず牙を通すのは、流石は小さくてもドラゴンと言ったところだろうか。
「こ、こんなの食べて大丈夫かな……?」
「ですが、クロを野生に返すのであれば、寧ろ食べれる方が良いのかもしれない」
「肉を食べるなら、もう少し大きくなったら狩りの練習もさせないとだね。水だけで生きていけるわけじゃないし」
「そ、そうだね! クロ、いっぱい食べて偉いね!」
リアがそう言うと、クロは言葉がわかっているのか、嬉しそうに鳴いた。そうしてまた、目の前の肉にかぶりつく。この小さい体のどこに入っているのかと思う程、自分の頭ぐらいの大きさの量を平らげた。
「今までのクロの食料はどうしてたの?」
ふと、疑問に思ってアスは二人に尋ねた。この小さい体でこれぐらい食べるのであれば、王都からアスの住む街に来るまでも、食料調達は大変では無かったのだろうか。
「ミルクとか木のみとか、色々とあげてみたんだけど、あんまり食べなかったんだ。クロ、肉食だったんだね。気付けなくてごめんね……」
リアの申し訳なさそうな顔をよそに、クロは満足そうに膨らんだお腹を出した。
「でも、肉を食べてない時も衰弱してる感じは無かったなら、少量の木のみでも食いつないでいけるってことなんだと思う。毎日食料にありつけるとは限らないし、寧ろ食べ慣れてたほうがいいかもね」
「確かに! 生まれてから5日ぐらいだし、それぐらいはお肉無しでも生きていけるって事だよね!」
リアの言葉に、アスはまた別の疑問が湧き上がる。
「クロって、生まれてから5日しか経ってないの!?」
「う、うん……。卵から生まれてロイとお城で作戦会議したのが2日、荷馬車に紛れ込んで揺られてたのがだいたい1日、ルーゼさんのところに来て2日……。あ、今日が6日目だ!」
そうにこやかに言うリアを横目に、アスはこれで良いのかとロイを見た。
「思ったら即行動というのが、リア様の良い所だ! ……まあ少々思い切りが良すぎるというのもあるが」
「えへへ、褒められちゃった!」
半分は褒めてないと思う。そう言おうとして、アスは口を動かすのを止めた。
ロイが、無邪気に喜ぶリアを、心から大切なものであるかのように見ていた。けれども、同時にどこか寂しそうにも見えた。その感情の理由がわかるようでわからず、それならもう聞いてしまおうかとアスは思った。
その日の夜、アスはリアが寝ていることを確認し、寝床からこっそり抜け出して見張りをしているロイに問いかけた。
「ロイは、リアの事が好きなの?」
「な!? 何故そんな事……。でも、まあそう捉えられてもおかしくないか……」
アスが想像していたよりも冷静な表情で答えた。ロイはリアの眠っているのを確認しながら、アスだけに聞こえるような声で言った。
「断言するが、私はリア様に恋愛感情は抱いていない。ただ、特別な感情を抱いているのは確かだ」
ロイは、また寂しそうな顔をして、リアを見た。
「リア様は……、私にとって大切な人の、大切な人だ」
「大切な人?」
「ああ。とても、とても大切な人だ。そのお方に、リア様を守るようにお願いされた」
ロイは、愛おしそうな、けれども切なそうな顔で誰かを思い出すように、そう言った。けれどもその大切な人とは誰なのかは教えてくれなさそうだと思い、アスはこれ以上追求しなかった。
「そっか。とても大切な人なんだね」
「ああ。私にとって、人生を変えてくれた……。はっ、だからと言って、リア様はやらんぞ! 少しばかり弓が上手いとはいえ、リア様はだな……」
「大丈夫、大丈夫! どっちかというと、ロイがリアの事好きだったら、面倒事に巻き込まれたくなかっただけ! 恋愛が絡むと、ろくな事ないからさ!」
ロイがリアの事が好きだった場合、リアと親しげに話し過ぎて妬まれるのはごめんだった。せっかく一緒に旅をしているのだから、平和に過ごしたい。
「まあ、わからんでもないが……。そういうおまえは、街に好きな奴でもいなかったのか?」
「あはは、好きな子なんかいたら旅なんて出てないって」
「確かに、そういうものか。でも、気になる子一人もいなかったのか?」
確かに、17歳ともなれば店番をする可愛い女の子に一目惚れ、なんて事もおかしくない年頃だった。実際、ダンにも似たことをしつこく聞かれたりもした。
けれども、もう少しで死ぬのだから恋愛なんて自分には無縁だと、考える気にもならなかった。好きになった所で、恋人ができたところで、未来はないとずっと思っていたが。けれども、そんな事を言っても困らせるだけというのはわかっていた。
「いないよ。ルゼばあから聞いたか知らないけど、俺、生まれたときから孤児だしね。世話になってるとはいえ、甘えすぎるわけにもいかないし。自分で生きていくだけで精一杯」
「それは……、すまなかった……」
「ま、でも、この旅が終わったらお礼貰えるんでしょ? そのお金で余裕ができたら、俺にもできるかもね」
「ははっ。私が言うものでもないが、期待しておくといい」
ロイは、そう言いながら笑った。これぐらいの理由付けが丁度よい事は、アスにもわかっていた。でも、もしもずっと生きられるようになったら、そしたら自分も恋とかできるのだろうか。
「まっ、そろそろ寝るよ。見張りの順番が来たら起こして」
「承知した。ゆっくり休んでくれ」
アスも寝袋に入る。魔物も夜は寝ているのか、その日の夜はとても平和に過ぎ去った。
朝日が登る頃、アスは見張りの暇つぶしに川を見ていた。その川は、街の近くに流れるものと同じもので、けれども周囲に見えるのは森だけだった。街の景色なんて昨日見たはずなのに、随分昔に見た気がして不思議な感じがした。
「きゅー!」
と、クロの声にアスは振り向いた。朝、一番最初に目が覚めたのはクロだったらしい。クロは、よたよたとアスの近くに寄ってきて、ペタリと座った。
「おはよう、クロ」
「きゅー! きゅー!」
「ははっ。クロ、こんなに小さいのに、ほんとに危険な力なんて持ってるの?」
「きゅー?」
クロは、不思議そうに首をかしげた。そうやって気を許している瞬間に、手を伸ばせば簡単に殺してしまえそうだ。実際はリアの言うバリアでそうもいかず、クロの人に対する憎しみが増えるだけなのだろうが。
「いつか火でも吐いたりして」
「きゅ? きゅー!!」
と、アスの言葉がわかったのか、クロは体を起こした。そして、大きく息を吸い込む。
クロが息を吐いた、その時だった。その息と一緒に、火が放たれた。吐き終えると、クロは褒めてと言わんばかりにアスを見る。
「クロ、凄いじゃん!」
「きゅー!」
「あはは、撫でて欲しいの? ほら」
アスがクロを撫でると、クロは満足そうに目を細めた。そんな声が聞こえたのか、リアとロイも目を覚ます。
「二人にも自慢しに行こうか」
「きゅー!!」
アスはクロを持ち上げ、二人の所に向かった。
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