5.証明と生き方
「ロイ、暫く引き付けられる!?」
アスは、そう言いながらリアの前に立った。いつもは木の上に登るなどして攻撃を食らわないようにするが、今回はそうもいかない。
「問題ない!」
ロイはアスに言われた通り、軽く攻撃をしつつも上手く陽動をしていた。その間、アスはロープを取り出し、二本の矢を繋ぐようににくくりつける。
「ロイ、避けて!」
アスの言葉に、戸惑い一つ無くロイもすかさずアスの矢の軌道から逸れる。それを見て、アスも二本の矢を同時に放った。
恐らく、普通の人なら不可能な事だろう。アスの魔法が込められた矢は少しだけ弧を描き、ロープが大きなクマ型の魔物を押さえつけるように木に突き刺さった。腕も巻き込んで押さえつけたため、ロイも急所まで近づく事ができるだろう。
「ロイ! 首を!」
「承知した!」
ロイは勢い良く、剣をクマ型の魔物の首に突き刺した。クマ型の魔物は、暫く暴れたが、やがて力尽きた。アスは近付いて、息をしていないことを確認する。
「大丈夫。もう動かない」
「あ、アス……、と言ったな。その……」
「一先ず森から出よう。魔物は問答無用で人を襲う。ただ、このクマ型の魔物は持って帰るの手伝って。お金になるから」
「……わかった。手伝おう」
ずっと黙ってみてたリアも、恐る恐る倒した魔物に近付いて来た。血を見て倒れるかと思いきや、そうでもなく、静かに魔物に触れる。
「可哀想?」
アスがリアに尋ねると、リアは静かに首を振った。
「倒さないと私達が死んじゃうことはわかってるよ。ただ、クロは人を襲わないのに、なんで魔物は人を襲うのかな、って」
「考えたこともなかったや。そういうもんだって思ってたから……」
魔物は、生きるもの全てに敵意を向ける。人間だからとか関係なく、勿論魔物同士でも戦う事もある。小さな魔物が、勝ち目がないはずの大きな魔物に挑み、死んだ姿も何度か見たことがあった。
そこには、餌のためとか、縄張りだとか、全く関係ない。改めて考えると、不思議な生態だった。
アス達は、狩った魔物の素材を持って、ルーゼの家へと戻った。
「おやまあ。こんなに馬鹿でかいもんを狩ってくるなんて」
ルーゼは、持ち帰ったクマ型の魔物をマジマジと見ながら言った。
「ロイのおかげだよ。弓だけじゃ、流石にきついからね」
「ほう。頭の硬そうなやつだとは思っていたが、実力だけは確かなようだな」
そう言ったルーゼの言葉を聞いているのか聞いていないのか、ロイはずっと地面を見て俯いていた。流石に様子がおかしいとアスがロイに近付くと、突然ロイは地面にピッタリと額をつけ、アスに土下座した。
「ロッ……、ロイ……?」
「今までの態度、大変申し訳無かった! 私だけでは、リア様を守ることができなかった! 貴方がいなければ、二人とも死んでいた事だろう」
「い、いや、どこの誰かもわからない人間に任せられないのもわかってたし……」
逆に、隠してもらっている身とはいえ、出会って数日のルーゼから紹介された、どこの誰かもわからない人間を簡単に信用する方が不安になる。
「それでも、私は勝手に貴方の実力など皆無だと決めつけていた! 貴方の実力は、国の騎士にも匹敵する!」
「いや、大げさだって! ほら、そろそろ顔上げて……」
「改めて私からも頼む! 私とリア様に、付いてきて欲しい!」
ロイに頼まれなくても、元々付いていくつもりだった。しかも、それは二人のためでも何でもなく、アス自身のため。しかも、ロイの言った弓の実力だって、なんだかズルをしているようで、本当に努力して実力を付けたロイから言われるのは後ろめたかった。
「元々付いていくつもりだったし、俺が付いて行きたいって思ったから付いていくだけだよ。だから、ほんと頭下げないで」
「……感謝する。王都に戻った時には、謝礼を出せるように私からも働きかけてみる」
「あっ、勿論私からもお父様にお願いしてみるよ! 多分聞いてくれるから!」
あれ? と、リアとロイの言葉を聞いて、アスは別の疑問が溢れてきた。確かに、リアが森に行く目的は、ドラゴンを人間から離すためとしか言っておらず、逃げるためとは一言も言っていない。それが終了すれば、二人は城に戻るつもりだったのだろうか。
そう思っていると、アスの疑問を察したのか、ロイは口を開いた。
「伝えていなかったかもしれないが、私達は城に戻る予定だ」
「え、でも、見つけたら賞金って……」
「ちゃんと置き手紙してきたんだよ? ちょっと長い間出かけて来ますって。でも、お父様過保護だから……」
過保護も何も、そりゃ生贄関係なく国のお姫様が城を抜け出したら、大騒ぎになるのは当然のことだろう。置き手紙をしたところで、関係ない。
「リア様の奇行はいつものことだ。だが流石に今回の事は陛下も黙って見過ごすわけにはいかなかったのだろう。逃げ出したのに何もしなければ、不満も出るだろうしな」
「近衛騎士と逃げ出した事になってるけど、ロイは処罰されたりしないの?」
「問題ない。どんな事があっても、例えこのような自体になってもリア様の味方でいる事が、私が命じられている事だ。……一人でこのような事をされるよりマシだと、陛下も思われているのだろう」
なるほど、理解ができるかと言われれば全くできないが、二人にとって問題ないのであればそれで良いのだろうと思った。生贄のお姫様は、アスの想像とは大きく異なり、伸び伸びと自由に生きているようだ。
「じゃあ、クロの事も国王様に言っても良かったんじゃないの? なんでわざわざ危険を侵してまで……」
「それは、だな……」
「クロは私じゃないからだよ。私みたいに、何でも許してもらえる存在じゃないから」
少し口ごもったロイを遮るように、リアは答えた。
「クロの存在がバレたら、お父様はクロを何とかして殺そうとすると思う。例え私が殺さないでってお願いしても。私はね、後ちょっとでお国のためにいなくなっちゃうから、何をしても許してもらえるんだよ。でも、クロは違うでしょ?」
そう言うリアは少し悲しげで、ああやっぱりこの子の命もあと少しなのだとアスは実感した。しかも、リアは自分みたいな平民ではなく、王族の姫だ。多少の我儘だって、許されるだろう。
けれども、だからこそ、別の疑問が残った。
「それなら、美味しいもの食べて、楽しいことして、好きに過ごそうとか思わなかったの? 行ってわかったと思うけど、森は本当に危険だよ。国を守るためとはいえ、自分でしなくても、例えば俺にクロを任せて、帰っても良いんだよ?」
「流石にアスにそこまで丸投げできないよ! ……でも、確かに、本当は誰かに頼むのが一番なんだと思う。私はあくまで、生贄だから。でも……」
リアは、街の方を静かに見つめた。
「これは私が見つけた、国を守るやり方だから、自分でやりたいんだ。後ちょっとしか生きられないなら、最後に自分でやりきりたい。ただ生贄になることで神様が勝手にやってくれる事じゃなくて、私自身が何かをして、私自身が生きた証を残したい。なんて、我儘、だよね」
そう言ったリアを、アスは直視することができなかった。未練のないように人と関わらず、国のいざこざに巻き込まれないよう生きようとした、アスとは正反対の生き方だった。
「……アス? もしかして、呆れちゃった?」
何も言わないアスを見て、リアは困ったように笑った。
「ううん、違う。寧ろ逆。俺、今まで適当に生きてきたから、俺もそんな風に生きれたら良かったのかなって。凄く、格好いいなって」
アスがそう言うと、リアは驚いたように目を見開いて、そして嬉しそうに笑った。
「ほんと!? 私、格好いい!?」
「えっ? うん。だって、生きた証って言っても、誰かのためにって行動してるわけでしょ? それだけでも凄いなって……」
「えへへ。いつも可哀想な目でしか見られないから、嬉しいな」
可哀想な運命なんて関係なく、アスはリアの事がずっと眩しくて、キラキラと輝いているように見えていた。けれども同時に、チクチクと胸が傷んだ。リアとアスの残りの人生は同じだったはずなのに、リアは一生懸命に生きていた。その事が、自分が本当に駄目な人間だと証明しているようで、なんだか虚しくて、もどかしかった。
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