4.期待と実力

「ねえ、ロイ! アスも一緒に来てくれるって!」


アスが協力すると伝えてすぐ、リアはくるりと振り向き後ろにいたロイに伝えた。


「いや、ですが……」

「ね? 良いでしょ! クロもこんなに早く懐いたんだし!」


どうやらロイもリアには敵わないようだと、アスは見ていて思った。

ロイは大きくため息をつき、そしてアスをギロリと見た。


「彼の実力を見てからでもよろしいでしょうか。実力も伴わないのに危険な場所に連れて行き、魔物にやられて死んでしまったとなっては、よろしくないでしょう」

「確かにそうかも……。ねえ、アス。お願いしてもいい?」


アスはこくりと頷いた。

ロイは明らかに、実力が伴っているはずが無いとでも言いたげで、馬鹿にしたようにアスを見ていた。

いつものアスなら、適当に理由を付けて断っていただろう。

わざわざ残り少ない人生、こんな面倒事に関わりたくも無かった。


けれども、生き続けられるかもしれないと思った瞬間、やりたいという気持ちが湧き上がっていた。

自分の将来なんて諦めていたはずなのに、生きたいという気持ちがこんなにもあったなんてと、アスは自分自身に驚いていた。


「実力を見るなら……、ロイと戦うとかかなあ?」

「そうですね。それが一番かと」

「それなら場所は……」

「待って。ロイって、多分剣で戦うよね?」

「……そうだが」


ロイと戦う体で話が進んでいたアスは、慌てて止めた。

流石に、剣しか持たない人間を弓で狙う趣味はない。


「俺は弓を使うから、人で実力を試すのには向いてない。折角なら魔物のいる森に行こうよ。どうせ森に入ったら、人と戦うことは無いんだし、魔物で実力を見た方がいいでしょ」


実際のところ、魔物と戦ったことがないというロイの戦い方もアスは気になっていた。

魔物との戦闘は、少しコツが必要だった。

けれども、その事を言えばロイは余計に機嫌が悪くなりそうなので、それを敢えてアスは言わなかった。


「……まあ、理に叶ってはいる、か……」


アスの提案に乗るのは気に入らないのか、ロイはしかめっ面のままアスの提案に同意した。


「支度ができたのであれば言え。……リア様、少々出かけてまいります」

「ううん、私も連れて行って」


リアの言葉に、ロイは大きく首を振った。


「魔物のいる所に行くのですよ。流石に危険すぎます」

「でも、私達森に行くんだよ。魔物とも絶対会うことがありと思う。それなら、まだ色々と準備のできる街の近くで1度魔物を見ておいた方がいいんじゃないかな。それに、ほら。私は治癒術も使えるから、二人が怪我したときにすぐに治せるよ! 例え私が怪我しても、意識がある限りは自分で治せちゃうしね!」


どうやら、お姫様の方が現実を見た上で行動できているようだとアスは思った。

今危険を避けたところで、森に行けばもっと危険な事が待ち受けているだろう。

本当に危険なら、今考えている方法をやめて他の方法を検討する事もできる。

しかも、少しの怪我が命取りになる森において、すぐに傷が治るというのは、戦えないとしても貴重な人材である。

リアの言葉に、ロイも諦めたように頷いた。


「……それでも、可能な限り安全な所にいてくださいね」

「わかってるよ。もー、ロイは過保護なんだから」


そう言いながら支度を始めたリアを、ロイは暫く見つめ、そして自分の準備に取り掛かった。

リアが姫である事を考えると、危険な目には合わせたくないという事は近衛騎士という役割において当然のことだろう。

けれどもアスは、ロイがリアに対してそれ以上の思いを感じているようにも思えた。

それが恋愛感情かと言われれば、そこまではわからないが、何かしらの特別な思いは抱いているように見える。

それを聞いたところでロイに睨まれるだけだろうから、今は聞くべきではないだろうが。


「アスも早くー!」


無邪気にアスを呼ぶリアを見て、アスもルーゼの所に置いてある弓を手に取った。





三人が向かったのは、ルーゼの家の近くの、アスが良く狩りをしている森だった。

魔物はシールドの付近に多く、少し歩けば見つかる。

寧ろ奥に行きすぎると、何故か魔物の数は減った。


少し歩いた場所の低木に隠れて息を潜めていると、ウサギ型の魔物が土から顔を覗かせた。

魔物は、見た目は普通の動物に似ているが、身体が大きく牙や爪が大きく育っており、種類によっては角が生えている事もある。

出てきたウサギも頭に大きな角が生えていた。

しかも、成人男性の膝下程までの大きさ、立たせれば人の身長と変わらない。

そんなものに体当たりなんてされたら、普通の人間ならすぐにヤラれてしまうだろう。


何より危険なのは、動くもの全てに攻撃的になる事だった。

通常のウサギと異なり、存在に気付かれれば問答無用で襲ってくる。


「絶対にここから動かないでね」


アスが小声でそう言った瞬間だった。

ウサギ型の魔物が、声の場所を捉え、そこに一直線に向かってくる。

耳の良いウサギ型は、どれだけ警戒しても気付かれるため、初動が重要だった。


アスが魔力を込め、矢を放つ。

その矢は真っ直ぐと、ウサギ型の頭に直撃した。

ひっくり返った瞬間、すかさず次の矢を放つ。

その矢は、正確に心臓を突き刺した。


「魔物は基本的に毛皮が固いから、下手なとこに当たっても通らないし、気にせず走ってくるから危険なんだ。でも弱点もある。お腹側は毛皮が柔らかいから、こんな風に頭を狙ってひっくり返して、そのまま心臓を狙ってトドメが丁度いい。可動域の部分も皮が薄いから、剣なら首とか狙ってもいいかも」


アスは何気なく、魔物の倒し方をロイに伝えた。

ロイも、そしてリアも、呆然とアスを見ていた。


「……何? なんか付いてる?」

「い、いや……。こんな正確に急所なんて、王国騎士の弓兵にもなかなか……。しかも威力もある……」

「私も、見たことないかも……」


実際には、神子の魔法の力で自動で急所を狙えるようにしているだけだった。

威力だって、アス自身の筋力では到底出せないもののはずだった。


「あはは……。動体視力が良いみたいで……」


本当の事を言えるはずもなく、アスは笑いながら適当に流した。


「それだけではないだろう! この正確性や力は並々ならぬ努力を……」

「待って! あんまり大きな声を出しちゃ……」


ウサギ型は、基本的に群れで生息している。

一体いたら、周辺にもう数体いる事は間違いなかった。


ガサガサっと、ウサギ型の魔物が数頭姿を現した。

魔物は、真っ直ぐ三人に襲いかかる。


「ロイ! 手伝って!」

「言われなくてもわかっている!」


ロイは、木の影から飛び出して剣を抜いた。

流石は姫付きの近衛騎士。

先程のアスの助言を忠実に把握し、上手く背後に回り込んで首に剣を突き刺した。

アスも先程と同じように、急所に矢を当てていった。


「これで終わりか……」

「……っ!? ロイ、後ろ!!」


大きな影をロイも察したのか、間一髪の所で攻撃を避けた。

アスはホッと息を吐きつつも、どうしようかと頭を思い巡らす。

弓だけでは難しく、普段なら逃げているはずの魔物。

人間の1.5倍の大きさはあるクマ型の魔物が、そこに立っていた。

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