3.生贄と小さい黒

「アス君……? で、合ってるよね……? あ、もしかして、君も私の事知ってる? それだったらびっくりするよね! 生贄の私がこんな所に……」

「リア様!!」


 後ろから出てきたのは、金髪の青年だった。歳はアスより5つ程上だろうか。アスより背も肩幅もうんと大きい青年は、リアを守るようにアスの前に立った。


「リア様、こいつか信頼できるかもわからないのに、そんな事まで……」

「あ、ロイ〜! 大丈夫だよ! だって、ルーゼさんとあんなに仲良さそうに話してたんだもん。悪い人じゃないよ!」

「で、ですが……」


 ロイと呼ばれた青年は、困ったようにリアを見た。恐らく姫と一緒に逃げ出したという近衛騎士なのだろう。姫らしく見えないリアとは正反対に、ロイは一目見て騎士だとわかる程、振る舞いも動きも洗練されていた。

 そんな様子を見ていたルーゼは、面白くて仕方がないと言わんばかりに笑いながらアスとロイの間に入る。


「こいつは大丈夫じゃ。前話したアスで合っとる。ほれ、アスも、挨拶せい」

「あっ、えっと、はじめまして……」

「はじめまして! 私はリアだよ! 様とか付けなくていいから、気軽にリアって呼んでね! ほら、ロイも!」

「……リア様が許されているから許すが、リア様に何かしようものなら容赦はしない」

「ロイ〜! アス君ごめんね! ロイはいつも過保護なんだ!」


 そう言ってリアは、アスの手を取り再び微笑んだ。無邪気に距離を詰めてくるリアは、人と一線を引いているアスとはあまりにも正反対で、アスはリアが本当に生贄のお姫様なのか、疑いたくもなった。


「あ、えっと……。もしかして、リアさんはルゼばあの腰を治してくれたりした?」

「リアでいいって! そうだよ! 私、治癒術が使えるんだ! アス君も何か怪我したら言ってね! 魔法で治してあげる!」

「あ、ありがとう……。えっと、俺の事も、呼び捨てでいいです……」


 治癒術を使えるのは、間違いなく生贄のお姫様の証だった。そもそもこの世界で魔法を使えるのは、生贄であるか、神子であるかの2択しかなかった。リアは本当に後数年で死ぬのかと聞いてみたくもあったが、未だにアスを睨んでいるロイが、その質問を許してくれそうにもなかった。


「そうじゃ!」


 と、突然ルーゼが声をあげる。アスは嫌な予感がしながらルーゼを見た。


「おまえたち、シールドの向こうの魔物が住む森に行くのじゃろ? どうじゃ、アスもなかなか腕がたつぞ」

「えっ、それはどういう……」

「認められません!」


 状況が追いついていないアスの横で、心から受け入れられないと言わんばかりにロイは叫んだ。


「流石にルーゼ様の提案でも、こんな役に立つかもわからない人間をリア様のお供になんて認められません! 騎士の訓練を受けていないような者は、足手まといになる未来しか見えない! 私一人で二人を守る余裕など……」

「ちょっと、ロイ! そんな言い方……」

「じゃあおまえさんは、ずっとシールドの中心の王都にいて、魔物を狩った事があるのかえ?」


 ロイの言葉に物怖じ一つせず、寧ろ面白げに笑いながらルーゼはロイに詰め寄った。


「そ、それは……」

「アスは毎日のように魔物を狩って金にしとるレベルじゃ。しかも、姫様を連れて魔物のいる森で野宿するのじゃろ? おまえさん一人で夜通し見張りをするつもりか? それとも、この姫様におまえさんが寝ている間の見張りを頼むつもりか?」

「それは……。いや、しかし……」


 確かに、魔物のいる森に何日も行くのであれば、誰かが夜に見張りの役を担う必要があった。リアとロイ二人で行くのであれば、ロイが全く寝ないわけにもいかず、だからといってリアに見張りが出来るのかは怪しかった。

 だが、アスにとってはそれ以前の問題だった。そもそもリアとロイと出会ったのもほんの10分程前でしかなく、しかも森に行くなんて知るはずもなく、行く事が最適かどうか以前の問題だった。


「確かに、寝るときの事考えてなかった……。まあ、私の我儘だから、私が見張りしてもいいけど……」

「なりません!!」

「じゃあ、やっぱりアス君……、あ、呼び捨てでいいんだっけ! アスにお願いしてみる? 誰か後一人は最低でもいないと……」

「ちょっと待って!!」


 リアのキラキラとした目を向けられる前に、アスは二人の会話を遮った。リアにグイグイと来られたら、断れる気がしなかった。


「俺、本当に何も知らないんだけど。せめて、状況説明してくれない?」


そう言えば、と、リアは手を叩いた。ロイも、そもそも本人の意思を無視して話が進んでいた事に気付き、気まずそうに頭を掻いた。


「アス、ごめんね! 私達がお城を抜け出してきた理由なんだけど……。あ、実際に紹介した方が早いかな! ちょっとこっち来て!」


 リアは手を引っ張って、アスを別の部屋に連れて行った。リアがその部屋に入った瞬間、何かがもぞもぞと布の中から顔を出した。


「クロー! 静かにしてくれててありがとねー! この人、アスって言ってね、私とクロを助けてくれる人かもしれないんだ!」


 助けるとは言ってないと心の中で呟きつつ、クロと呼ばれたその生物を見てアスは固まった。それは、クロという猫につけるような名前には似つかわしくない、しかし聞いていた話よりは小さくあどけない、真っ黒なドラゴンだった。


「悪しき……、黒いドラゴン……?」


 そうアスが言えば、クロは良くわからないというように、こてんと首を傾げた。リアは、そんなクロを優しく撫でる。


「悪いことするような子には見えないでしょ? でも、きっと国に見つかってら酷い事されちゃう。黒いドラゴンってだけで」


 クロは、リアの手に自分の頬をスリスリと擦り付けた。


「私、クロを見て思ったんだ。伝説に出てくる悪しきドラゴンって、もしかして最初に人間に酷いことされて、怒っただけなんじゃないかなって。もしちゃんと優しくしたら、人間を襲うこともなかったんじゃないかなって」


 アスは、思わずクロに手を伸ばした。一瞬、神子の力でクロを封印してしまうのではないかと不安になった。しかし、昔会った白髪の男は、その時になればまた来ると言っていた。それならば、今はきっと大丈夫だろう。


「君、クロって呼ばれてんだね」

「きゅー?」

「ほんと、ちっさ」


 クロは、リアにしたのと同じように、アスの手にも顔を擦り付けた。本来であれば自分を封印するはずのアスにも無邪気にじゃれつく様子を見て、アスは思わず笑った。


「わー、アスはすぐに触れられたんだ!」

「触れられた?」


 まるで、触れられない人がいるような言葉に、アスはリアに尋ねる。


「うん、ロイは暫く触れなかったんだ! まあ、ロイはクロを見た瞬間斬りかったからなんだけどね。そしたら、不思議なバリアみたいなので弾かれちゃって。クロに悪意を向ける人間は触れられないし、攻撃もできないみたい。それから暫くは、そのバリアみたいなので剣を持ってなくても触らせて貰えなかったんだ。今は大丈夫なんだけど」


 ロイの判断は、恐らく国の事を考えると正しいだろう。けれども、攻撃が一切利かないのであれば、リアの言う事も納得できた。

 攻撃を受けないにしても、国に見つかれば酷い扱いを受けるだろう。恐らく、そのバリアを破壊できるのが神子の力と関係しているのだろうが、そのきっかけを作ったのがそもそも人間という可能性は十分にあった。


「それで? リアは森に行ってどうするつもり?」

「お、興味持ってくれた?」

「え、あ、えっと……」


 なんとなく聞いた言葉に、リアはぐいっとアスに顔を近づけ、期待の眼差しでアスを見た。


「あのね、単純だけど、森に行ってこの子が人間から離れた場所で生きられるようにしようと思うの。そうしたら、人間に酷いことされる事もないし、人間に危害を加えることもないでしょ? そしたら、神子の伝説にあったことは起こらないかなって。それって、人間にとっても良いことだよね!」


 神子の伝説にあったことは起こらない。その言葉に、アスの胸は高鳴った。

 つまり、神子がドラゴンを封印して、神子が命を落とすことも無いということ。アスが生き続けられる可能性があるということだった。


「協力……、いいよ」

「ほんと!?」


 思わず、けれども嬉しい感情を隠したくて、少し素っ気なくアスは言った。けれどもそんな言葉にも、リアは満面の笑みで答えた。

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