2.意外と出会い
「バートさん、おまたせ!」
「あら、アスちゃん。今日もありがとねえ」
そう言って、バートは椅子に座りながら、ニコニコとアスを迎えてくれた。
「ちょっと待ってねえ。お茶を入れるから」
「俺がやるから座ってて! もうこの家の事はバッチリ覚えてるんだから!」
杖を持って立ち上がろうとするバートを、アスは慌てて座らせて、キッチンへと向かった。茶葉の場所も、コップの場所も、基本的に全て把握している。バードの好みのお茶の入れ方も、もう完璧に覚えていた。
「はい、バートさん。まだ熱いから気をつけてね!」
「ありがとねえ。さあさあ、アスちゃんも座って。そうだ、この前ねえ……」
そう言って、バートはアスに向かって話し始める。恐らく1時間は聞き役になるだろうと思ったアスは、静かに座ってバートの会話に耳を傾けた。
別に特別な事を話す必要は無い。ただたまに相槌を打ちながら聞いていれば、それで良かった。
「そうそう、この前久々に息子が来てねえ。いい加減こっちに来ないかって煩いんだよ」
バートの息子は別の町に働きに出ていて、そこで家族を持っている。本当は別の町に移住するタイミングでバートの事も連れて行きたかったらしいが、死に別れた夫との思い出の場所を離れたくないとの事で、よろずやに依頼が来たのだ。
「バートさん的には、どう思ってるの?」
「そうだねえ。ここには思い出が沢山あるけどねえ。息子に孫が産まれたって言うんだ。足の悪い私でも手伝って欲しい事があるみたいでねえ。そろそろ未来にも目を向けなきゃって思うんだよねえ」
「俺もいいと思うよ。だって、せっかくお孫さんも産まれて、しかも来て欲しいって言われてるんだったら、行くしかないでしょ!」
「そうだねえ」
バートは、アスを心配そうに見ていた。出会った頃は、新しく子供や孫ができたようだと言ってくれていた。だから、少しは気にしてくれているのだろう。
けれども、バートが優先するのは、間違いなく本当の息子と孫だった。ここにいたのも、アスが理由ではなく、愛する夫の思い出が理由だった。アスもそれはわかっていたし、だからこそ、バートの子供や孫のように振る舞いはしても、バートを親と思って接しはしなかった。寂しくないかと言えば嘘ではないが、寂しいと言っても困らせるだけだとわかっていた。
それに、アスの命は後3年ももたない。それならば、このような別れが一番良いのだろうとアスは思った。
「まあ、アスちゃんにはダン君もルーゼさんもいるものねえ」
「あはは、まあ良くしてくれてるよ」
ルーゼはダンの母親で、道端に捨てられていた赤ん坊のアスを育ててくれた張本人だった。そして、ダンの下で幼い頃から働けるよう掛け合ってくれたのもルーゼだった。アスはルーゼの事をルゼばあと呼んでいる。
「そう言えば、この前ルーゼさんが顔を覗かせに来たのよ。沢山食料を買い込んでいたけれど、パーティーでもしたの?」
バートは、先程の会話は忘れたように、別の話題に移っていった。アスも、その事に関しては全く気にならなかった。けれども、ルーゼに関する話に対しては、少し引っかかるものがあった。
「ううん。そんな話は……」
「そう言えば、腰痛も治ったのかしらねえ。あんだけの荷物を、まるで若い時みたいに持って……」
それを聞いて、なんとなくアスは嫌な予感がした。ルーゼは、その辺に落っこちていた赤ん坊を拾って保護するだけでなく、育て上げてしまうぐらい、優しさと行動力を兼ね合わせた人だった。その事を、面白いものを拾ったとケタケタ笑うような人だった。普通の人にとっては重荷な事も、いとも簡単にやってしまうような人だった。
最近、治癒術を使える生贄のお姫様と近衛騎士が逃げ出した。その事とバートさんから聞いた話が、ぐるぐるとアスの頭の中を巡った。そして、アスはその嫌な予感を放置できるような人間でもなかった。
ルーゼの住んでいる場所は、町の賑わいのある所から少し離れた森の傍にあった。森に入ると、そこはシールドの外となり、魔物が沢山いるためあまり人が近付きたがらない。何故そんな所に住んでいるのかと、アスはルーゼに聞いたことがあったが、煩いところは嫌いだとルーゼは言った。アスからしてみればルーゼ自身が騒がしい人に思えていたため、当時は不思議で仕方なかった。
今から思えば、人からとやかく言われるのが嫌だったのだろう。実の息子である、ダンの小言ですら煩いと言っていた。だから、ルーゼにとっては余計な事でしかないかもしれないし、アスが関わる事でも無いのかもしれない。けれども気づいてしまったら、どうしても気になってしまった。
ルーゼの家の扉を開けると、そこには一人分にしては多すぎる量の食事を作るルーゼがいた。アスに気付くと、最初は少し驚いた顔をしたが、すぐにニヤニヤした顔でアスを見た。
「おやまあ。まさか、ダンじゃなくてアスが来るとは。大きくなったもんだ」
「ルゼばあ。この食事は何? パーティーでもするの?」
「もうおまえもわかっているのだろう?」
「……国が賞金までかけて探している人を隠してたのがわかったら、捕まる可能性だって……」
「じゃあおまえは、このばあさんを国に突き出すかい?」
そう言われてしまえば、アスは何も言い返すことはできなかった。実際、本当に隠してた事がわかっても、その後の解決策なんて持ち合わせてなんかいない。
「安心せい。こんな外れのへんぴな場所に、誰も遊びに来ん」
「でも、いつまでもここに隠れてもらうのも……」
「ずっと隠れる事を目的にしてたんなら、追い出しておったわ。わしから話すわけにもいかんが、数日休んだらここを出るつもりだそうじゃ」
「そっか」
アスは少し安心して息を吐く。数日なら、なんとか隠し通せるだろう。
けれども、隠れる事が目的ではないのであれば、何故逃げ出したのだろうか。アスがそんな事を思っていると、ルーゼは面白い事を思いついたように、ニヤリと笑った。
「どうせなら会ってみれば良い。姫の方はなかなかに面白い子じゃ」
「へっ!? いや、それは流石に……」
「向こうは話したそうにしてそうじゃがのう」
そう言ったルーゼの目線の先を追うと、一人の少女が顔を覗かせていた。その奥で、もぞもぞともう一つの影が動いている。
「リア様……! あまり表に出ると見つかります……!」
「だって、だって……! ほら、黒髪の……! 絶対ルーゼさんが言ってたアス君だよ……! あっ……」
こそこそと誰かと話していたのか、リアと呼ばれた少女は、アスがこちらを見ていると気付くのに時間がかかった。ようやく目が合うと、リアは嬉しそうにアスに向かってにっこりと微笑んだ。
「君がアス君だよね! 私はリア! よろしくね!」
アスと同じく後数年で死ぬはずの生贄のお姫様は、アスの想像とは違ってキラキラと、眩しい笑顔で笑っていて、アスは動揺を隠すことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます