命を代償に世界を救えと最強の力を与えられた少年は、死ぬなんてなんてことないと笑顔で嘘を付く
夢見戸イル
1.選ばれし者と生き方
もし自分が選ばれし者だったなら。そして世界を救えるような、力を持っていたならば。
子供の頃、きっと誰もが妄想した事。特に、神子と呼ばれる者が最強の魔法の力で悪しき黒いドラゴンを封印し、世界を救ったという伝説が残るこの国では、誰もがそんな妄想をした。
アスもまた、その一人だった。本当に自分が、神子である事を告げられるまでは。
10歳になるある日の夜、アスの耳にどこからともなく声が聞こえた。その声は、アスを外へといざなった。辿り着いた先には、白髪の若い男が立っていた。
男が何も言わずアスの手を取ると、突然その手が光り出した。その光が収まった後も残った、星をかたどった紋様を見て、アスの心は昂った。
それは、伝説と共に語り継がれる神子の証に他ならなかった。嬉しくなって思わず顔を上げると、男は冷たい目でアスを見ていた。その目に、アスは思わず震えた。男は、神と言うには普通の人のような、けれども感情の無い人形にも見えた。
「神子の話は、説明しなくても知っているのだろう?」
「は、はい……」
「この世界の言い伝えには無い話だ。封印の力を使えば死ぬ。10年もしないうちに、その力を使う事になるだろう。知っているのならば生き方も変わるのだろう? だから前もって伝えておく」
男の言葉に、一瞬アスの頭は意味を理解することができなかった。そんなアスを見ても男は表情一つ動かさず、くるりと背を向ける。
「その時になれば、また来よう」
そう言って、男は何もないところに手を伸ばした。瞬間、空間が裂け、白髪の男はその中に吸い込まれていった。けれども、アスはその場から暫く動くことはできなかった。
それから7年が経ち、アスは2つの生き方を決めていた。
国に縛られず自由に生きるため、神子の力は隠して生きる事。この世界に未練を作らないよう、人と深く関わらない事。
元々親もわからない赤ん坊の頃からの孤児で、よろずやの下働きのように育てられたアスにとって、その生き方は難しくもなんともなかった。
神子の力を全く使わないわけではない。自然を自由に操ることができる魔法のような神子の力で、アスはお金を稼ぐ事を覚えた。
「はい、今日の魔物。オオカミ型とワシ型も」
そう言ってアスは、よろずやを営むダンに魔物の死体を渡した。ダンは、アスをここまで育ててくれたうちの一人だった。
「ったく、毎日毎日シールドの外に行きやがって」
「だって金になんじゃん。それに、俺の弓の実力はダンが一番知ってるでしょ?」
この国は、お城を中心にドーム状にシールドが貼られていて、その中に全ての人が住むために必要なものが作られている。仕組みはわからないが、そのシールドより中に魔物は入ってくることができない。そのシールドの端であるアスの住む町では、一部の人が魔物を狩って素材を売って稼いでいた。通常の動物より丈夫な骨や皮は勿論の事、魔物特有の牙や角も貴族のための高級品として高く売れた。
けれども同時に、シールド外に出る事は危険な行為に違いなかった。しかも、シールド内であれば衣食住に困る事もなく、安全な仕事でお金を稼ぐ事ができた。だからこそ、わざわざ危険を侵してまで魔物を狩る者は少ない。アスはそこに目をつけ、人目の少ない所で魔法を使い、魔物を倒していった。
とは言っても、矢に風魔法を乗せてコントロールし急所を突く程度で、最悪人に見られても誤魔化しが効くレベルだ。実際色々と試してみたが、これが一番自然な魔法の使い方として収まった。魔法を使えば光る神子の証も、弓のためと手袋を付けていれば、違和感なく隠すこともできた。
「はぁ。言っても聞かねえしな」
ダンは大きくため息をつく。昔は怒られたが、今はもう諦められていた。それに、下働きと言いつつ面倒を見てくれたダンに、これ以上迷惑をかけたくなかった。
「俺は孤児なんだから、自分で稼いで生きていける方法を早いうちから探せって言ったのはダンじゃん」
「だからって、そこまでしろとは言ってねえが……。まあいい、よろずやの仕事も来ている。十五番通りのバートさんが、片付けと買い物の手伝いをして欲しいと。ついでに飯も一緒に食わねえか、だってよ」
バートはよろずやの常連で、足が悪く、定期的に仕事を頼んでくれる。アスが幼い頃から担当していた客の一人で、アス自身を気に入ってくれたのか、今では仕事を口実に話し相手として呼ばれている事もあるのではと思う程だ。
ダンもそれをわかっているからか、常連割引ということにして安く引き受けている。食事も貰えるのだから尚更だった。
「いいか。そうやって客に気に入って貰える事自体も、自分で稼いで生きていく方法では十分なんだぜ」
「そうかな」
アスは、照れを誤魔化すように笑ってみせた。実際は、ただそれっぽく客の喜ぶ事を言っているに過ぎない。客と楽しく話しているとき、それを冷めた目で見ている自分もいた。それが、アス自身との時間を心から楽しみにしてくれる人達を騙しているような気がして、申し訳なくも思えた。
「ああそうだ。もう一つ、これは仕事というより、見つけられたらラッキーってレベルの話なんだが」
行く準備を始めていたアスに、ダンが声をかけた。
「おまえは、生贄の姫様の存在は知ってるか?」
「うん」
この国では生贄と呼ばれる存在がいる。アスとは異なり、産まれた時から魔法を使う事ができるという生贄は、20歳を越えた頃、神にその身を捧げないといけない。
そして、16年前産まれた王女が、魔法の中の、治癒術を使えると判明した。生贄を捧げて数年は、農作物がよく取れ、国が豊かになると言われているため、国中が喜んだ。けれども、神子となり死の宣告を受けたアスは、同じく国のために命を捧げなければならないその王女に、自分と近いものを感じていた。
「その生贄の姫様が、最近、近衛騎士と一緒に逃げ出したんだと」
「へー」
「もし見つけて捕まえたら、報奨金がたんまり受け取れるって話だ」
国がそこまでして探すのも、仕方のない話だろう。逆に生贄を捧げなければ、国は貧しくなるという。ただの言い伝えであれば良かったのだが、実際その生贄を隠し続けた結果、国は荒れ果て、死者も沢山出たという文献も残っていた。
「何か特徴はあるわけ?」
「騎士の方は普通の金髪だが、姫様の方は珍しいストロベリーブロンドだそうだ。まあ、フードとかで隠してるだろうがな」
「……まあ、逃げたくなる気持ちもわかるけど」
アスがそう言えば、ダンはフッと笑ってアスの頭を撫でた。
「難しい話だな。一人の命を犠牲にしなきゃ、もっと多くの命が失われるかもしれねえ。だが、そのために一人の命を犠牲にしてもいいのかって問題はあるな」
「……もしダンが、その一人の方になったらどうする?」
アスは、なんとなくダンにそう尋ねた。
「んなこと考えたこともねえなあ。まあ、俺の命一つで多くの人が救われるならくれてやるぜ、って思わなくもないが」
「わー、ダン、かっこいー!」
少しからかい気味にそう言って、アスはダンから離れた。ダンの言う通り、一つの命で多くが救われるなら、命を捧げるべきなのだろう。
「ただの仮定の話だろ! そんな事言ってないで、早く行ってこい! バートさんがお待ちかねだ!」
「はいはーい」
アスは適当に返事して外に出る。空を見上げると、まだ真っ昼間の太陽が眩しくて目にしみた。
どうして俺だけが死なないといけないのだろうか。そう思ってしまうのは、俺が捻くれた冷たい人間だからだろうか。
そんな事を思いながら、アスは十五番通りの方へ体を向ける。大きく深呼吸をして、そして、笑顔を作った。
後数年でどうせ死ぬのだなら、変に心配かけて迷惑をかけたくない。
そんな事を思いながら、アスは証のある手をぎゅっと握りしめた。
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