第3話

 流暢りゅうちょうなブリティッシュ・イングリッシュに振り返る素振そぶりを見せることもなく、シャーロットは、背後の男に人差し指だけを向けて返答する。

「カイは黙ってて!」

 カイと呼ばれたスラリとしたスーツの若い男は、誰に見せるでもなく、やれやれのジェスチャーをしてみせる。

「いやいやいや……、ご遺体見つけたら、まず通報でしょう? 第一発見者の現場鑑識なんて前代未聞だぜ。鑑識の人泣いちゃうよ? アーサーも一緒んなって何やってんのさ?」

 アーサーの名前に反応してか、シャーロットは素早く振り返って、カイにスマホを突き出す。

「ちょっと! カイ! 言ってやって! アッシュの浮気現場だ! 現行犯!」

「えぇ? 浮気現場て、アーサー、独身どくしんだろう……?」

 剣呑けんのんなシャーロットを拒絶きょぜつしようものなら、自分にも矛先ほこさき向けかねんなとあきらめ顔のカイがスマホを受け取ると、思った以上に動揺どうようしたアーサーの釈明しゃくめいが聞こえてきた。

「こ、……こ、これにはだな、……ふっ、深い理由があってだ……」

「おいおい、アーサー。どういう状況だよ、これ? 通報殺到つうほうさっとうしてるぜ?」

「おっ? おぉ! カイか? 助かった! シャーロットをなだめてやってくれ!」

「いや、無理だろ、それ」


 カイが振り返ると、シャーロットは特殊警棒をストラップでぶら下げた手を腰に当てた仁王立ちで、規制線きせいせんの外側で、巡査じゅんさのひとりとみ合っている貧相ひんそうな若い男をののしっている。

 貧相な若い男は、紫スーツの関係者らしく、オヤジのカタキなどと呂律ろれつの怪しい言葉をシャーロットに投げ掛けた。

「女ー! おまえー! 顔覚えたかんなー! ゼッテー後悔こーかいさせて……」

「やってみなさいよ!」

 シャーロットは、若い男の挑発を遮りながら、靴カバー代わりに被せていたシャワーキャップとニトリル手袋を外すと、特殊警棒を振り出して伸ばす。更に、左右に振って風切り音を鳴らすと、フェンシングの第四カートに構えた。


 ほう、すきのない、いい構えオンガルドだ。

「なあ? お前の妹って強いの? フェンシング」

 カイが感嘆かんたんしてたずねると、アーサーはしどろもどろに答える。

「……あ? ああ……、そうだな。もう、フルーレじゃ勝てないし、最近は、何か……武術ぶじゅつを習っていてな……」

 ひど陰鬱いんうつな感じのアーサーの様子を余所よそに、カイは目をかがやかせて思いをめぐらせた。

 アーサーといえば、大学の対抗戦たいこうせんでも常に上位。それを上回っているとなれば、面白いものが見られそう。万が一の時は、豆鉄砲で止めればいいか。


 そう腹を決めたカイが、巡査に手振てぶりで合図すると、巡査は渋々しぶしぶ、貧相な若い男を規制線の内側に入れた。

 巡査を威嚇いかくしながら、規制線をくぐった若い男は、モタモタと上着をめくり上げ、さやごとドスを取り出すと、胸の前で仰々ぎょうぎょうしく抜き、白刃はくじんをギラつかせて、既に勝ったかの様に、引きった笑みを浮かべている。


 ざわめく巡査達を、カイが再度静止した。

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