第2話

「長い。紫オジサンについて端的たんてきに話せ」

「短髪、浅黒、皮膚の質感から、薬物使用歴あり、目立った外傷なし、んで……」

「待て、面識めんしきがあるのか?」

「ないよ。ここから少し離れたエリアを狩場かりばにしてる有名な変態さんだよ。有名って言っても、通報つうほう常連じょうれんって意味でね。声掛こえかけ、露出ろしゅつ、おさわりまで何でもあり。んで、いつも紫色のスーツ着て犯行におよぶから紫オジサンって呼んでるの。年齢と特徴とくちょうふままえて、似顔絵にがおえ描いて『お巡りさんこいつです!』しても、逮捕されないんだよ。変だよね? こんな似てるのに……」

 スマホ画面の下手なイラストと死体を見比べると、確かに特徴は一致している。


「他の特徴は?」

「前にアッシュが、ゴールデン・スクエアの仕立て屋さんで作ってもらったような不相応ふそうおうの高級スーツと、文字盤になんかの計器が三つある野暮やぼったい感じの金時計。スーツには……汚れっていうか、シワ一つない」

「靴は?」

「下品なエナメル。かかとには……。あれ? この靴、歩いた形跡けいせきないぞ! 運ばれてきたとは思ってたけど、わざわざオジサン脱がせて着せ替えるのって色んな意味でスゲー!」

「他の所持品は?」

「財布と警棒以外は無いみたい。あんまりまさぐりたくないし……。んで、財布の中身は、数えるの面倒な万札と名刺……? お! 政治家ボブおじさんきた! あとは……、黒いカード。表に金文字で『3×7』って書いてあって、裏はなんかコインっぽいのが六個描かれてる。怪しい会員証と見た」

「トレゼッテか……」

「なにそれ?」

「カードゲームだ。イタリアの。四十枚のカードを十枚ずつ配って、それぞれ一枚出す。その中で一番強いカードを出した者が他のカードごと手に入れて、そのカードの合計点数が二十一になるまで続けるんだが、カードの強弱と計算方法が独特なんだ」

「ふーん。最近のクルーズ船は賭博とばくもやるんだねー」

「うっ……。関係者との交流の一環いっかんたしなむ程度だぞ……。気晴きばらしとして必要でもあるんだよ……」

「ふーん。ママに言いつけてやるんだから」

「話を戻すとだな……、もし、これから、似たような状況があって、『単独の絵柄』を所持している者を見つけたら連絡しなさい」

「ん? 何でぼやかすように言うの? また私の周辺に他殺体たさつたいが置かれて、そいつら全員が黒カード所持者で、その中でも『エース』に該当がいとうするカードを持ってるヤツがお偉いさんの可能性があるってことでしょ? 大丈夫よ、毎晩お休みコールするから」

 アーサーから返事はなく、代わりに少し離れた相手との会話がボソボソと聞こえてくる。瞬時しゅんじに、シャーロットの目がたかの様にするどくなった。


〈誰と電話してるの?〉

 女の声。中東なまりのハスキーボイス。ブルネット。年増。喫煙者きつえんしゃ

〈妹だ〉

 そっけない態度たいど気遣きづかう必要のない相手。深い関係。

〈そうなのね。ベランダで風に当たって髪をかわかしてくるわ〉

 妹だと信じた。余裕よゆうを見せた。既婚者きこんしゃ。いや、情婦じょうふ


「で? 何だって?」

 アーサーの取りました聞き返しに、シャーロットは激昂げきこうして、被っていたシャワーキャップを地面に叩きつける。

「なんでブロンドじゃなくてブルネットなんだよ! 健気けなげに帰りを待つ濃いめのワインレッドの美少女じゃダメなんかよ!」

「お、おい……。お、落ち着け……」

 あわててなだめようとするアーサーを遮って、まくし立てるシャーロットの背後から、若い男が声を掛けてきた。


「お嬢さん。朝っぱらから、街中でさわがれると困りますよ」

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