番外編 血の戦勝

――無限に広がる暗闇の中、一隻の宇宙戦艦が移動していた。


その戦艦の名はムーラディアン。


全長百八十二メートル、全幅四十八.四メートル、総重量二十トン。


レーザービーム砲十門、大型レーザービーム砲二門が取り付けられたストリング帝国のスペースバトルシップだ。


そのバトルシップ内では、連合国軍の主力部隊ベクトルを全滅させたことで、その勝利の余韻に浸る帝国兵らの姿があった。


我々の勝利だ。


連合国軍など恐れるに足らず、この調子で世界を解放するのだと、兵たちは声を張り上げている。


その中を男が歩く。


オールバックにスカーフを巻いた精悍な顔つきの男――ストリング帝国の総帥となったノピア·ラッシクだ。


彼の姿を見た兵たちは、背筋を伸ばして一斉に敬礼。


ノピアはそんな兵たちに手を振り、艦内を進んでいく。


彼の後方には、その後について行く二人の帝国将校の姿があった。


一人はストリング帝国軍少将スピー·エドワーズ。


前線に出ることが多いノピアの代わりに、ムーラディアンの艦長を務める青年だ。


そして、もう一人の名はパシフィカ·マハヤ。


髪を左右に束ねて丸め、団子状に結っているお団子頭の帝国軍の大尉で、スピーの副官として彼に従う女性だ。


「まさに快勝でしたね」


パシフィカがそう言うと、スピーが苦い顔をして言う。


「だが、まだまだ油断はできん。連合国は我々よりも物資も兵力も上なんだ。たかが一度勝利したくらいでこの浮かれよう……。正直、先が不安になる」


「いいじゃないですか。ここにいる誰もがずっとは我慢してきたんです。この後にもささやかながら、パーティーの準備もしていますよ」


「おいパシフィカ! 一体誰の許しを得てそんなことをッ!」


スピーが声を張り上げると、ノピアが彼のほうに振り返って微笑む。


「スピー、そう怒鳴るな。皆この日のためにこれまで頑張って来たんだ。パーティーぐらい大目に見てやれ」


「うぐぐ……。将軍がそのような態度だからパシフィカが勝手なことをするんですよ! もっと総帥としての自覚を持ってくださいッ!」


隣で怒鳴り出したスピーを見てパシフィカは思う。


また始まった。


この整った顔をした青年は、何年経っても変わらない。


融通が利かないというか、頭が固いというか、少しでも緩んだ空気を察すると、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り出すのだと。


うんざりした顔でため息をつく。


「そうだな。私は自覚が足りない」


「自分で認めているなら、少しはこの空気を引き締めてくださいよッ! 大体今回だって、ノピア将軍が戦場に出る必要があったんですかッ!? あなたは総帥なんですよ! わざわざ身を危険に晒すような行動を慎んでください!」


「考えておくよ。だが、私が先頭に立ったほうが兵たちの士気も上がる。それに、全体の指揮はお前とパシフィカがいれば心配いらないだろう?」


「あなたはまたそういうことを言って誤魔化して……。大体あのアン·テネシーグレッチがいたのですよ! 連合国軍だって今後は対策を考えてくるんです! 次は今回みたいに上手くいくとは限りません!」


今回のムーグツーの襲撃は大成功といえたのだが。


スピーは今回の作戦の反省点を喚き続けた。


それを見たパシフィカはさらに辟易する。


だがノピアは足を止め、そんな彼の肩をポンッと叩く。


「スピー」


「なんですか将軍ッ!? 話はまだ終わってませんよ!」


「やはりお前はそうやって怒鳴り散らしているときが最高だ。その調子で頼む」


「なッ!? ……ノピア将軍ッ! またそうやって私をからかってッ!!」


「からかってなどいない。お前を含めて、パシフィカも兵たちも今日までよく我慢してくれた。これからだ。これから始まるのだ。そういうわけで、今後も任せるぞ、スピー」


「将軍ッ!」


「少し休む。地球に着いたら起こしてくれ。あとパシフィカ、スピーもパーティーに誘ってやってくれよ。皆うるさいと思いながらも、スピーがいないと寂しそうにするからな」


ノピアはそう言うと、二人の前から去って行った。


残されたスピーはその整った顔を激しく歪め、パシフィカはそんな彼を見て笑っている。


パシフィカがからかうようにスピーに声をかける。


「ノピア将軍はああおっしゃってますけど、どうしますスピー大佐? パーティーには参加しますか?」


「当然だ! 私がいないと、兵たちが羽目を外し過ぎる可能性があるだろう!」


スピーは怒鳴るように返事をすると、そのまま進み始めた。


パシフィカはやれやれと言わんばかりの表情をすると、笑みを浮かべて彼の後について行く。


「別に無理して出なくていいですよ」


「じゃあ、誰が緩んだ空気を引き締めるんだ? いいからパーティーの準備を手伝いに行くぞ」


「……少将が手伝うのですか」


「何か言ったか?」


「いえ、ただスピー少将は面倒臭いけど、頼りになるなと」


「お前なぁ……。もっと上官に敬意を持て。私でなければ許されん行為だぞ」


「大丈夫です。わたくしがこういうこと言うのは少将にだけですから」


「パシフィカッ!」


そしてパシフィカはスピーから逃げるように前へと進むと、艦内の重力ブロック――パーティー会場へと向かう。


スピーはそんな彼女に向かって怒鳴りながらも、その後をついて行った。


――艦内にある自室に戻ったノピアは、部屋に入るなりテーブルに置かれた錠剤をに口入れた。


それを水もなく飲み込み、部屋にあったベットに腰を下ろす。


「アン……。アン·テネシーグレッチ……」


そして、ムーグツーで顔を合わせた無表情の女のことを思う。


あそこにあの女がいたのは偶然か?


噂では連合国軍に入り、新米兵士の教育をしていると聞いていたが――。


ノピアは連合国軍の観艦式襲撃後に、アンのことが頭から離れなかった。


今さら何をしに出てきた。


自分の邪魔をするつもりなら、それはお門違いだ。


お前がしっかりしていれば、世界は現在のように連合国の好きなようにされていなかっただろうと。


彼女への怒りが収まらない。


「約六年……あれからさらに腐ったか、あの女は……うッ!?」


突然嘔吐感に襲われたノピアは、手で口を押さえた。


その手にはべっとりと血が付いている。


ノピアはその手に付いた血を見て、首に巻いているスカーフの位置を直し始める。


ズレてもいない布に手をやり、スピーやパシフィカの前で見せていた笑顔はそこにはない。


眉間にしわを寄せ、まるで別人のような不機嫌な表情で歯を食い縛っている。


「しばらくでいい、持ってくれよ……。私にはまだ……やらなければならないことがあるのだ……」


ノピアはそう呟くと、ストリング帝国の軍服を脱ぎ捨てて自室のシャワー室へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る