#043

ミントはそう言うと、アンが腰かけている木の上に座った。


並ばれてもアンは彼女のほうも見ない。


相変わらずの無表情でただ俯いているだけだった。


「話したいことというのはなんだ? まさか、ブレシングの言っていたことを蒸し返すつもりか? なら勘弁してほしいんだが」


「いえ、そのことではありませんよ。私があなたに話したかったのことは、私の恩人の話です」


「君の恩人?」


その言葉に、ようやくミントのほうを見たアン。


彼女の顔は無表情のままだったが、それでも声色から不可解さが伝わってくる。


そんなアンを尻目に、ミントは話を始めた。


自分の恩人の男――ラスグリーン・ダルオレンジのことを。


ミントがまだ幼い頃。


ある日に、当時世界を覆い尽くしていた化け物――合成種キメラの襲撃があった。


合成種キメラはミントの住む町すべての人間を皆殺しにし、彼女も逃げきれないところへと追い詰められてしまう。


「そのときです。あの人が助けてくれたのは」


ミントは、何か言おうとしたアンを無視して話を続けた。


合成種キメラの腕が、ミントの頭上に下ろされた瞬間――。


緑と黒の炎が化け物を覆いつくし、その身体を塵へと変えた。


まだ消えぬその鮮やかな緑黒炎りょくこくえんの中から、一人の青年の姿が現れる。


それは、アンたちと共にかつて世界を救った者の一人であるラスグリーンだった。


その後、ミントはしばらくの間をラスグリーンと旅をし、やがて大きな街に辿り着くと、そこで彼の知り合いがやっているという孤児院へと入れられたそうだ。


それから、アンたちの活躍で世界から合成種キメラが消えて平和になり、ミントのいた孤児院はある国に管理されることとなった。


その国の高官が、後にミントを養子として引き取るパロット・エンチャンテッドだ。


一通り話を終えたミントは、自分の髪をいとおしそうにいじり始めた。


「この髪も、あの人への憧れから染めています」


「そうか……。ラスグリーンと君が……」


「もう、あのとき戦った英雄も、あなたとノピア将軍二人だけになりましたね」


「あぁ、そうだな……」


アンは小さくそう返事をすると、それ以上はもう何も言わなかった。


恩人が世界を救うために死んだ――。


この緑髪の少女もまた、自分と同じ痛みを持っているのだ。


「もし、あの人が生きていたら……この時代で何をしようとしますかね」


微笑みながら言うミント。


彼女はただの上層部のお嬢様ではなく、ラスグリーンと関わりのある人間だった。


だがアンが言葉を失ったのは、ミントの過去に驚かされただけではない。


そのもう一つの理由は、彼女の態度である。


この少女は、髪を染めてまでラスグリーンのことを忘れないようにしている。


だというのに――。


自分と同じ痛みを持っているというのに――。


ミントは悲しみを感じさせないのだ。


死んでいった者たちを想い、悲観に暮れる自分とは違い、この少女は受け入れている。


アンはそう思うと、自分よりも一回りも年下のミントの対して情けなさを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る