#041

丸太小屋内に緊張感が広がる。


先ほどまで和やかだった空気が一変する。


「どうでもいいだろう、そんなことは」


「どうでもよくないでしょッ!? あの人が……ノピア·ラッシクが現れたんだよッ!?」


これまで一切口にしなかったせいなのか。


ブレシングは溜まったダムの水が溢れて吹き出すような勢いで声を荒げた。


ノピアはストリング帝国の残党を纏め、連合国に宣戦布告をしてきた。


これまで姿を隠し、連合国軍と戦うための力を蓄えていたことは、新兵器や彼のした演説を聞けば明らかだ。


すでに連合国軍の主力部隊だったベクトル艦隊が全滅させられ、このままでは帝国が世界を蹂躙じゅうりんする。


また戦火が広がる。


それをこのまま放っておくのかと、ブレシングはアンに向かって自分の想いを吐き出す。


「あの人とまともに戦えるのはアンさんだけでしょッ!?」


「私はもう三年も戦いを離れている。今さら役に立つとは思えないな。それに私なんかいなくても、メディスンやエヌエーがいるさ」


「また逃げるの、アンさんッ!?」


アンは表情を戻して落ち着いて返事をしたが、ブレシングは止まらない。


彼女に掴みかからんばかりの勢いで、テーブルに両手をバンッと叩きつける。


アンはそんなブレシングを見つめながら、その口を開く。


「好き放題を言ってくれるな。そもそも私は、お前が連合国軍に入るのだって反対だったんだ」


「じゃあ、誰が世界を守るんだよッ!」


ブレシングは声を張り上げ続けた。


自分が何故連合国軍に入隊したのかを。


彼が軍に入った理由は――。


メディスンやエヌエーが、権力に溺れていく連合国を内部から変えようとしているのを手助けするためだった。


今から五年前に起きた戦争に勝利した国々で創立された連合国は、次第に増長していき、ノピアが演説で述べていたように一部の権力者のみが富を貪っている状態である。


それなのに、アンはメディスンやエヌエーと違ってずっと丸太小屋に引きこもっている。


ブレシングは以前からそんな彼女に我慢できなかったようだ。


「……私は、お前が思っているよりも強くない」


「そんなことない! あなたは僕にとって今でも憧れだッ! それはマナ姉ちゃんとあなたが僕を助けてくれたときから変わっていないよッ!」


目を背けるアンを追い詰めるように、ブレシングは彼女に詰め寄る。


「僕は僕なりにあなたの考えを形にしてきたつもりだよッ!」


「私は指導者ではない……。自分の道すらあやふやなまま生きている、ただの人間だ。けしてお前が憧れるような強者じゃない……」


「僕は強さに惹かれたんじゃないッ! あなたの考えや行動に憧れたんですよッ!」


「変わらないな、お前は……。あのときと……合成種キメラに向かっていったときと同じだ」


「あなたに憧れてますからねッ! なのに、なんで逃げるんですッ!」


「私だってなんでもできるわけじゃない……。もう少し、普通の人として扱ってほしいな……」


「ちょッ!? アンさんッ!? 話はまだ終わってないですよッ!」


「今日はもう疲れた……。悪いが、先に休ませてもらう」


ブレシングに詰め寄られたアンは椅子から立ち上がると、そのまま丸太小屋を出て行った。

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