#040

それからアンとミントは女の子たちと丸太小屋へ入り、服を脱いで浴場へと足を踏み入れる。


「思っていたよりも広いですね」


ミントは浴場内を見て思わず言った。


脱衣所こそ狭かったが。


湯船も大人が五人ほど入れるくらいあり、床もしっかりと大理石で造られた商業用のものと大差ない。


シャワーは付いていないが、これならば十分にくつろげる空間だ。


「お風呂は心と身体の洗濯だからな。それなりにこだわっている。コラ、湯船に入る前は身体を洗えといつもいっているだろう」


ミントに返事をしたアンは、入るなり浴槽に入ろうとした子供たちを注意していた。


そして、浴場内にあった椅子に座るように言い、身体を洗わせる。


それから皆で湯船に浸かりながら手足や首をほぐし、移動で溜まった疲労を取り除く。


「あぁ~やはりうちは落ち着くな」


「アン姉ちゃん、なんかおばさんみたい」


「ホント声なんか出しちゃって、いかにもって感じだよ」


「お前たち……もう一度いってみろ」


子供たちがアンをからかうように言うと、アンはその子たちの頭を掴んで強引に湯船に沈める。


バシャバシャと暴れる子供たちを無慈悲に押さえつける。


「死んじゃいますよアンさんッ!」


その様子を見てミントが慌てて声をかけた。


だが、他の子供たちはその様子を見て笑っているのを見ると、それが普段から彼女たちがしているやり取りなのだとわかるものだった。


それから浴場を出てから着替える。


子供たちには可愛らしいルームウェアを着ているが。


アンの服は相変わらずヨレヨレの白いシャツとジーンズ姿だ。


「アンさんは自分の着替えってないんですか?」


「うん? これは洗濯が済んだやつなんだが、汚れて見えるか?」


「いえ、そんなことはないんですけど……」


ミントはアンの姿を見て、この人は自分の服など買わずに子供たち用の服しか購入していないだろうと察した。


(この人は、本当に欲がないというか……。利他的な人なんだ……。でも、これじゃ……)


かつて世界を救った英雄が、このようなみすぼらしい格好で血も繋がっていな子たちに奉仕している。


ミントはそんなアンのことを立派な人間だと思いつつも、やはり何か間違っていると考えていた。


それからブレシングと男の子たちがいる丸太小屋へ戻り、皆で夕食を取った。


騒がしいが笑顔の多い食事。


ミントは純粋にその時間を楽しんでいた。


食後は軽く談笑し、夜も更けて子供たちは就寝用の丸太小屋へ移動していった。


残ったのはアン、ブレシング、ミント。


子供たちがいなくなると、ブレシングが何やら神妙しんみょうな面持ちでアンに声をかける。


「なあ、アンさん。メディスンさんの誘いは、当然受けるんでしょ?」


ブレシングに訊ねられたアンの顔が、それまでの無表情から強張ったものへと変わった。

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