第14話 すれ違う心の行方 2



F.I.F翌日――Re:SET:芸能プロダクション レッスンスタジオ




学校を終え、一度家に帰ってから支度を整えてきたヒカリはそのドアを出来るだけ


音を立てぬようゆっくりと開いていく。


「お、おはようございます……」


そして寝起きドッキリのレポーターのような小声で挨拶をしてから、僅かな隙間から


恐る恐る中の様子をうかがう。


そこではすでにトレーニングウェアに着替えたアカネがストレッチを行っていた。


その姿を確認するのと同時にヒカリは反射的にドアを閉めてしまう。


先に下の事務所でカネトとアキに挨拶してきた際に、すでにアカネが来ていることは


聞いていたが、だからこそヒカリは彼女と二人っきりになるのを躊躇っていた。


アカネとは昨日のステージの後から一言も話していない。


だというのに今、中に入って二人きりになれば気まずくなるのは超能力が無くても


予知できる未来であった。


(うぅ……どうしよう……。照月さんが来るまで外で待ってようかな……)


とはいえ頼みの綱であるヨミは、確か今日は午後からドラマの撮影があると事務所の


ホワイトボードに書いてあった気がする。


となれば、今日はレッスンに来られない可能性もあった。


(なら幡豊さんが来るまで待つ……?ううん、それもなんだか幡豊さんを盾にしたみ


たいでアカネさんの印象はよくないだろうし……)


結局は一人で虎穴に飛び込むしかないか……とヒカリは覚悟を決めると、一つ大きく


深呼吸をしてから勢い任せにドアを開け放った。


「お、おはようございます!!」


目を閉じたままやけくそ気味に大声でもう一度挨拶しながら中に入り、片目だけ


うっすらと開きながらアカネがいた位置へ視線を向ける。


すると彼女もストレッチを続けながら視線だけをこちらへチラリと向け、


「……おはよ」


いつもの陽気なアカネの挨拶とは全く違う、素っ気なさ100%の挨拶だけが返って


きた。


その反応で、(あっ、これは想定してた中でも二番目にヤバいパターンのやつだ)と


瞬時に察したヒカリは、「お、おはようございます……」とこれ以上アカネを刺激し


ないよう彼女に聞こえるぎりぎりの声でもう一度挨拶をして、気配を可能な限り消し


て視界にも出来るだけ入らないよう道を選びながら足早にレッスンスタジオの奥へと


進んでいった。


(うぅ……アカネさん、やっぱりまだ怒ってるよぉ……。これはもう一回謝ったほう


がいいやつだよね……)


よし、そうしよう!と、謝ると決めてからのヒカリの思考は高速で回転し始める。


(まずは出し惜しみなしで最初から土下座でいく!それでも許してもらえなかったら


腹を掻っ捌く!)


相変わらず武士のような謝罪方法と覚悟を決めてから、ヒカリは体を反転させて


アカネへと振り向かせ、


「あ、あのアカネさ――」


「ヒカリ」


「んひっ!ひゃぃ!?なななななんでしょうかああぁぁぁぁぁ!?」


出会い頭にまさかのカウンターを放たれ、必勝パターンをあっさりと崩されたヒカリ


は噛みながらどもりまくる。


いつもならそんなヒカリのリアクションを見たアカネは腹を抱えて笑っただろう。


しかし今日は真顔のままストレッチを中断すると、静かに立ち上がってヒカリへと


歩み寄ってきた。


(あわわわわわわわわわ!?どうしようどうしようどうしよう!?)


完全にテンパり土下座しようとしていたことすら頭の中から吹き飛んでしまったヒカ


リは顔を真っ青にさせ、全身をガクガクと震わせながらアカネが近寄ってくるのをた


だ待つしか出来ない。


まるで死刑執行へのカウントダウンに聞こえるアカネの足音が自分の目の前で止ま


り、10㎝以上ある身長差の頭上から見下ろされ、ヒカリは覚悟を決めてぎゅっと


目を閉じた。


しかし――聞こえてきたアカネの声はヒカリが思っていたものとは全く違った。


「……昨日はゴメン。ヨミが言った通り、自分の不甲斐なさを棚に上げておきながら


あんなことを言って……。アタシ……マジ最低だった……」


「……え……?」


驚きもあってヒカリは反射的に両目を開いた。すると目の前でアカネが自分に対して


頭を下げているではないか。


ヒカリの中では完全に予想外の展開だったので、思わずきょとんとしてその姿を眺め


てしまっていたが、ハッと我に返ると、


「そ、そんな!なんでアカネさんが謝るんですか!?謝らなくちゃいけないのは勝手


なことをした私のほうですよ!!」


「ううん。ヒカリにそうさせたのはアタシのパフォーマンスが最悪だったからだも


の」


「いえいえ!仮にそうだったとしてもやっぱり悪いのは私ですって!!」


「しつこいなぁ!アタシが悪かったって言ってるんだからそれでいいじゃん!!」


「い~え!アカネさんは何も悪くありません!悪いのは全部私です!!」


「アタシ!!」


「私です!!」


『うう~~~~!!』


何故か非の押し付け合いではなく奪い合いが始まり、揉め始める二人。


――と、二人は同時に自分は何に対して意地を張っているのだろうかと冷静さを取り


戻すと、それがおかしかったのだろう。これまた同時に、「ぷっ!」と笑いを堪えき


れず吹き出した。


「あはは!なんでこんな時だけ張り合ってくるのよ!ヒカリって意外と頑固


だよねぇ~。キッチンの油汚れかってくらい」


「そ、それを言ったらアカネさんだって浴槽の水垢くらい頑固じゃないです


かぁ~!」


「あ~~ヤバ、お腹痛い。どうしたら許してもらえるか真面目に考えたのが馬鹿みた


いじゃん」


アカネは腹を抱えながら満足するまで笑うと、


「でも、アタシがビビってセンターとしての責任を果たせなかったのは事実だから。


そこは本当にゴメン」


真面目な顔に戻り、改めてヒカリに頭を下げた。


「……アカネさんだけじゃないですよ。私もステージに立つのがあんなにも怖いもの


だなんて思ってもいませんでした……。


凄く沢山の人達が応援してくれている。これは絶対に失敗できないぞって思えば思う


ほど足は震えましたし、私一人だけだったら逃げ出していたかもしれません……」


「うん……」


その感覚と同じものをアカネも感じていたのだろう。同意の相槌を打つと小さく頷い


た。


そして突然、髪が乱れるほどに両手でかきむしり、


「あ~もう!思い出せば思い出すほどあの時の自分にムカつく!なにプレッシャーに


負けてんだって後ろから蹴り飛ばしてやりたい!!」


「終わってしまったことは仕方ないですよ。それより次のステージこそ三人でまた


頑張って成功させましょう」


ヒカリが苦笑しながらそう言うと、アカネは悶絶していた動きを止めて、


「それ……なんだけどさ」と前置きしてから言葉を紡いでいく。


「多分、ヨミはもうここには来ないと思う」


「え……ど、どうしてですか?」


「あの子がどうしてアイドルをやろうと思ったのかはヒカリも分かっているわよ


ね?」


「はい。確か役者としての幅を広げるためだって言ってましたよね」


「それは外向けの建前。実際のところは子役時代みたいに売れっ子だった頃に戻りた


いのよ、あの子は」


「……………」


「なんでそうまでして過去の栄光を取り戻したいのかは正直アタシにも分からないけ


どさ、あの子はそのためだけに今日まで照月ヨミっていうブランドを必死に守り抜い


てきた。


けど、昨日のステージのせいで今までの苦労は全て水の泡。むしろ照月ヨミのブラン


ドにも傷がついてしまった」


「だからこれ以上の傷がつかないようにアイドルを辞める……ってことですか?そん


なこと……」


「するわよ。あの子なら躊躇なく、ね。


照月ヨミにとって一番大事なのはAmaTerasじゃない。自分自身なのよ」


アカネが断言するだけの理由を、ヒカリも薄々と感じてはいた。


いつだってヨミは自分達とは一定の距離を置いていた。


仲間と言うには少し遠い距離。けれど仲間ではないと言ってしまうには遠すぎない


距離。


その絶妙な距離感がアカネの今の話を聞いた後では、AmaTerasがF.I.Fで


どのような結果になろうとも次の手をすぐに打てるようにしていたのではと思えてき


てしまう。


「それじゃあ……照月さんが私達とあまり仲良くなろうとしていなかったのは、いつ


でもAmaTerasを抜けれるように情が生まれないようにするため……ってこと


ですか?」


「多分……。ううん、きっとそうなんでしょうね」


「そんな……」


「だからもうあの子のことは忘れなさい。これからはアタシとヒカリの二人だけで


AmaTerasを続けていくわよ」


「ま、待って下さいよ!まだそうなるって決まったわけじゃないですか!?」


「ならヒカリは信じられるの?あの子がアイドルを続けるって。


仮に続けたとしても、アタシ達のことを仲間とも思ってないやつと一緒にやっていけ


るの?」


「そ、それは……」


「……結局、これが一番良いのよ。


あの子は元通り役者に専念する。アタシ達はアイドルを続ける。それでいいじゃな


い。むしろあんな子、いなくなってくれたほうが清々するわ」


「――――っ!」


それがアカネなりに自分を納得させるための強がりだということはヒカリにもすぐに


分かった。


けれど。


それでも。


例え本心からの言葉ではなかったにしても、ヒカリには聞き流すことなどできなかっ


た。


「………なんで………」


だから――拳を握りしめ、体をいななかせる。


「なんで嘘でもそんなことを言うんですか!!」


そして、ヒカリは感情を爆発させた。



【続く】

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