第14話 すれ違う心の行方



ヒカリ達が屋上で昼食をとっていた頃――都内にある撮影スタジオでも午前中から


始まった時代劇の撮影が一息ついているところであった。


スタジオ内は昼食を兼ねた休憩中ということもあり、今は撮影スタッフの姿も少な


い。


それでも次の撮影に向けて準備の指示を飛ばす者の声。それに従い動く者がいるので


静まり返るというほどではない中途半端な静けさの中、照月ヨミはスタジオの隅で


一人立ちながら台本に目を通していた。


主演や準主演クラスならば個室の楽屋が与えられそこで休むことも出来たが、今回の


ヨミはそうではない。


たったのワンシーン。セリフも片手で数えられる程度しかない、


役に名前すらついていないただの町娘というのがヨミに与えられた役。出番となる


撮影シーンも本来は昼休憩後であったが、それにもかかわらずヨミは撮影が始まった


午前中から現場に入り、共演することになる主演俳優の演じ方や撮影中の空気といっ


たものを目で見て、肌で感じるようにしていた。


そうすることで自分が演じるシーンが他のシーンと比べても違和感がないようにする


ためだ。


なので今日は朝からずっと撮影の邪魔にならない場所で立ちっぱなしであった。


昨日の疲れが抜けきっておらず正直少し辛かったが、ヨミは決して表には出さず、


自身の出番に向けて備え続けていた。


(……今日の渡辺さんの演技、いつもより大げさにしてたわね。コミカルなシーンは


わざとああして、終盤のシリアスなシーンをより引き締めるようにするためなので


しょうけど……)


午前中に主演俳優の演技を観察して気づいた点を赤ペンで台本に書き込みながら、


そこから前もって自分のシーンではどのような演じ方をしてくるかを予想し、自分が


どう合わせれば最も結果が良くなるか思いつく限りのパターン全てに当てはめてい


く。


そうしてどのような展開になろうとも対応できるよう、頭の中で幾度となくパターン


違いのリハーサルを繰り返しながら改めて台本を読み直していると――


「あら、こんな薄暗いところに誰がいるのかと思ったら照月さんじゃない」


自分と同じ年頃の女性の声が聞こえ、ヨミは一度台本を閉じると顔を上げて彼女を


見た。


「おはようございます。比留間ひるまさん」


「やぁーねぇー。子役時代からの同期なんだから敬語なんてやめてよ。そ・れ・に。


私達は同い年なんだし、もっと仲良くしましょうよ」


笑顔を浮かべたショートヘアの少女は気安くヨミの肩に手を置くと、そのまま首筋に


向けて撫でてくる。


比留間トガメ。


ヨミと同じく幼少の頃から子役タレントとして芸能界で活動してきた経歴を持つ


16歳の少女で、今回の時代劇での共演者でもあるが、彼女は主人公夫婦の娘という


重要な役を務めている。


現在は役者としての活動に重きを置いており、同世代の中では人気だけでなく演技力


もヨミ以上に評価を得ている実力派として他の者とは頭一つ分以上抜けた存在で


あった。


そして何より彼女こそ――ヨミの休業中に天才子役の座を奪い取り、成り代わった


ライバルである。


「そ・れ・よ・り。また一人でお勉強してたのかしら?」


ヨミの首筋を蛇が這いまわるように左手で撫で続けながら、トガメは逆の手で台本を


奪い取ると、片手で器用にペラペラとめくっていく。


「相変わらず真面目ねぇ。自分の台詞以外にもこんなに書き込んじゃって。なんか


もう必死って感じで見てられないわぁ」


ヨミの努力を嘲笑うように腹の底から面白がっている声でトガメは言うと、目を通し


終えたヨミの台本を持ち主の手に返す。


「ホント、つまらない役者になってしまったわね貴方。そんなんじゃ天才子役の名が


泣いてるわよ」


「……………」


「まぁ、貴方がそのまま燻り続けてくれたほうが私としては仕事を取られる心配を


しなくていいからありがたいけれどね。せいぜい追い抜かれた亀の背中が遠ざかって


行くのを歯軋りしながら眺めてなさい、ウサギさん」


「私はあなたのことを亀だなんて思ったことなんて一度もないわ」


「あっ、そう。まぁいいわ。せいぜい足を引っ張って私の出演作の評価を落とさない


ようにしてちょうだい」


言いたいことだけを言い残してトガメはヨミに背を向けると、右手をひらひらと振り


ながらその場から立ち去って行く。


そしてヨミも何事もなかったかのように、再び台本を開きそちらへと視線を落とし


た。



【続く】

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