第13話 友達 2



「朝は本当にありがとう、カグラちゃん。私を庇ってくれたのすっごく嬉しかった」


その日の昼休み。


ヒカリはイスズ、カグラ、カナ、サヨリ、ツバメのいつものメンバーと屋上で昼食を


とる前にそう切り出した。


「別にお礼なんていいって。結局はあーしの勇み足だったんだしさ」


カグラは照れた笑みを浮かべて言葉を続ける。


「前にも言ったけどさ、あーしもダンス動画をネットに上げてるから似たようなこと


された経験があるんだよね。だから黙ってられなかっていうか……」


「そうなの?」


「中学の時にね。あーしのダンス動画の再生数が徐々に伸びて来てた頃にさ、友達か


ら凄い凄いってちょっと持ち上げられてたんだ。それが気に入らなかったらしい


グループの子達から目をつけられて、遠回しに嫌がらせをされたことがあったんだよ


ねぇ」


「嫌がらせって……何をされたの?」


尋ねてきたイスズの言葉にカグラは「ん~とね」と開いた弁当箱の中から玉子焼きを


口に運んでから、


「あーしの見てないところで机に悪口書かれたり、上履き隠されたりとか?」


「えっ、それ嫌がらせじゃなくてもうイジメじゃん」


あまりにもさらりと言ったので聞き流しそうになったカグラの言葉にサヨリは驚く。


興味本位で尋ねたイスズもマズイことを聞いてしまったと慌てるが、しかしカグラは


思い出すことを嫌がる素振りも見せず話を続ける。


「まぁ遠巻きにあーしの反応を見てクスクス笑ってたから犯人は一発で分かったん


だけどさ。でも先生に言っても証拠がないからってまともに取り合ってくれなかった


なぁ」


「うわっ、それって絶対面倒ごとになるから見て見ぬふりするタイプの最悪な


先生じゃん」


「ん~……。菅原先生なら間違いなくその日に学級会議を開いて犯人を吊るしあげる


よねぇ~」


カナとツバメは我が事のようにカグラに同情すると、当の本人は、「あはは、超想像


できる!」と他人事のように楽し気に笑った。


「でさ、埒が明かないから今度はあーしがその子達の目の前で机に書かれたことを


そのまんま書いてやったんだ。やるならこそこそやんないで堂々とこうしたらどう


なのって。


そしたら親を呼ばれちゃってさ。学校に来てからおとーちゃんってばずっと怒りっぱ


なしで、あーしも困ったんだよねぇ」


「そんな……もともとカグラちゃんは被害者なのに……」


ヒカリの言葉にカグラは「ん?」と首を捻り、


「ああ、違う違う。おとーちゃんが怒ってたのはあーしにじゃなくて先生にだって。


先に手を出されたからやりかえしたのになんでうちの娘だけが悪いことになってん


だー!って具合にあーしですらドン引くくらいキレててさ。


いや~、あーしの人生の中でもあんなブチギレてたおとーちゃん見たのは初めてだっ


たね」


当時の父親の姿を思い出しながらうんうんとカグラは頷くと、話を先に進める。


「で、結局おとーちゃんが担任の先生じゃ話にならねぇ!ってそのまま職員室に乗り


込んで、他の先生がいる前で事の顛末を大声で喋ってさ。


その中に学年主任の先生もいて、あーしの話を改めて一から全部聞いてくれたんだ。


そしたら次の日、クラスの全員がその先生に個別で呼び出されて事情聴取されて、


あーしの話が嘘じゃないって裏を取ってくれてさ。それからも担任の先生に代わって


色々と動いてくれたらしくて、あーしへの嫌がらせもピタリと止まったんだよねぇ。


まぁ結局、あの子達からは卒業するまで嫌われたままだったのは変わらなかったけど


さ」


「へぇ、良い先生もいたんだね」


「うん。今でもすっごく感謝してる。その先生にもおとーちゃんにも。


だからあーしもああいう大人になりたいんだ。誰かが困ってたらきちんと手を差し伸


べてあげられるような大人にさ」


そう締めくくり自身の過去を語り終えたカグラの清々しい横顔を見て、ヒカリは彼女


の真っ直ぐな性格の理由が理解できた気がした。


きっとカグラはその先生や父のようになりたいと思うのと同時に、自分を信じてくれ


た彼らに恥じぬようにあろうとしているに違いない。


かつて同じように伊座敷ナミに救われ、その背中に憧れて追いかけ続けている今の


自分のように――


そして、そう感じていたのはヒカリだけではなかった。


「……カグラちゃんの気持ち、分かる気がするなぁ」


ふと呟いたイスズに、その場にいた全員の視線が自然と集まる。


「ん?イスズンも目標にしてる人がいるの?」


「あっ……、え、ええっと……今のは別にそんな深い意味があったわけじゃなく


て……」


目を明後日の方向へと逸らすイスズが嘘をついているとカグラは瞬時に見破ると、


座ったまま隣のイスズに抱き着く。


「あーしにだけ話させて自分は逃げようなんて、そうは問屋が卸さないぞー」


「あはは!脇腹くすぐっちゃダメぇ!く、苦しい!笑いすぎてお腹痛くなっちゃう


からぁ~!」


「正直に話さないともっとくすぐっちゃうぞー?ここやろ~?ここが弱いん


やろ~?」


「わ、分かったからぁ!話す!話すからもうこちょこちょ止めてぇ~~!」


たまらずギブアップ宣言し、やっとカグラのくすぐり拷問から解放されたイスズは


軽く咳き込んだ。


「で、イスズンの目標にしてる人って誰なの?」


「そ、それは……」


イスズはまだ躊躇いを残した視線を一度地面へと向けると、恥ずかしそうに


スゥー……っと視線をゆっくり移動させていく。


全員がその視線を追いかけた先には……自分の背後を振り返るヒカリがいた。


「あれ?そっちには誰もいないよ?」


ヒカリが不思議がりながら顔を前に戻すと、自分に集中砲火を浴びせている5人分の


視線に気づく。そこでやっとイスズが本当はどこへ視線を向けていたのかを察した。


「え……?もしかして……私?」


驚いた顔で自分を指さすヒカリの問いにイスズが限界まで真っ赤にさせた顔を頷か


せる。


「いやいやいや!?私なんてイスズちゃんの目標になるような立派な人間じゃ


ないよ!?むしろ私のほうがイスズちゃんみたくしっかりしなくちゃって目標に


しなくちゃいけないくらいだよ!?」


「ん~……。でも普段のイスズちゃんの言動を見聞きしてれば別に驚くことじゃない


かなぁ~」


「そうね。むしろ、あっやっぱりそうだったんだって感じだわ」


ツバメとサヨリの言葉にカナも何度も頷き、


「神明さんって高天原教の熱心な信者って感じだもんねぇ」


「ヒカリンって教祖様だったの?これはあーしも拝んでおかなくちゃ。


なんまんだぶ~なんまんだぶ~」


「ちょ、ちょっと止めてよカグラちゃん。本当に私とイスズちゃんはただの友達で


そういう怪しい関係じゃないんだから!ねっ、そうだよねイスズちゃん!?」


「ただの……友達……」


「なんでそんなに悲しそうな顔!?」


「ん~……。あれはせめて親友と言ってほしかったって顔じゃないかなぁ~」


「いやいや最低でも前世からの大親友くらい言われないともう満足できない顔よ、


あれは」


「私の幼馴染がなんか面倒くさいことになっていってるぅ!!」


ヒカリが頭を抱えてその場で仰け反ると、屋上は笑いで包まれた。


「まぁ冗談はそのくらいにして、イスズがそこまでヒカリを尊敬してるのって何か


理由があるの?」


「うん……それはね……」


イスズはヒカリの顔をチラリと見てから言葉を続ける。


「私もね、小学生の頃はよく男子にいじめられてんだ……。この目のせいで……」


眼鏡を外し、いつもは顔の右半分を隠している前髪をかきあげると、露わになった


【それ】をヒカリ以外に初めて見せる。


なんの変哲もない黒い左目とは違う、碧眼の瞳を。


「左右で目の色が違うからお前は化物だろってよくからかわれた。それが嫌で今みた


く前髪を伸ばして隠したけど、もう私がオッドアイだって知ってた男子は無理やり


前髪を引っ張って、私がせっかく見せないようにしているものを見て笑ってた……」


「酷い……。こんな綺麗な色してるのに……」


「ありがとう、カナちゃん」


イスズはかつてヒカリにも言われたのと同じ言葉を呟いたカナに向かって微笑みを


浮かべると、話を続ける。


「そんなふうに虐められていた私を、たまたまその場を通りかかっただけの


ヒカリちゃんは助けてくれたんだ。私なんかを庇ったりしたら自分もいじめの


対象になってしまうかもしれないのに勇気を振り絞って。


男子に向かって「ちぇすとー!」って叫びながら傘を振り回してたヒカリちゃんの


勇姿……みんなにも見せかったなぁ」


「へー、やるじゃんヒカリン」


「ってか、なんでちぇすとー!なの?薩摩武士?」


「あはは……あの時は私も無我夢中だったから……」


サヨリのツッコミにヒカリは照れた顔で苦笑すると、水筒の緑茶を移したカップを


口に運び誤魔化す。


「それからヒカリちゃんが友達になろうって言ってくれて、クラスは違ったけど


授業以外はいつも一緒に行動するようになって。そうしたらいつの間にか私も虐めら


れなくなってて……。


普通の学校生活が送れるようになって、初めて化物じゃなくて人間になれたと思っ


た。ヒカリちゃんが私を普通の人間にしてくれたんだ。


だから今でもヒカリちゃんには感謝してもし足りないし、私の憧れなの」


「も、もぉイスズちゃん!恥ずかしいからもういいって!」


「ううん、こんなもんじゃヒカリちゃんの素晴らしさは語りきれないよ。あとはね、


これは中学の時の話なんだけど……」


「だからもう止めてぇ~~!」


結局――


昼休みが終わるまで高天原教の語り部と化したイスズは止まらず、最後にサヨリが


「もうあんた達、結婚しちゃいなさいよ」と呆れ声で言ったのが、その場にいた全員


の心の声を代弁していた。



【続く】

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