第13話 友達
――F.I.F翌日の朝。
いつも通り午前5時30分に鳴った目覚ましに起こされ、ヒカリはベッドの上で横に
なったまま、まだ寝ぼけて思い通りに動かない腕を音がする方へと伸ばした。
二度、三度と空振りをしてなんとか目覚ましを止めることに成功する。そしてそのま
ま力尽きたようにピクリとも動かなくなってしまった。
(うぅ……すっごく体が重い……)
まるで重力が倍になったようだと感じていると、すぐにまた眠気が二度寝を誘ってき
た。
早朝のジョギングを始めてから疲労の蓄積による体のだるさは何度もあった。しかし
これほどまでに指1本すら動かすのが辛い寝起きは初めてだ。
F.I.Fが終わったことで張りつめていた緊張が一気に弾け、精神面にまで蝕んでき
ている疲労感はまるで体の上に巨大な岩を乗せられているようであった。
(もうF.I.Fは終わっちゃったんだし……今日くらいサボってもいいか……)
さらに今日までの努力が結果に結びつかなかったことが継続への意欲を激減させ、
ヒカリはそう自分を納得させると再び夢の中へ戻ろうと目を瞑り――
「ってダメダメ!そんなんじゃいつまで経ってもナミお姉ちゃんに追いつけないって
ば!!」
腕を組んで仲良くスキップしていた睡魔を突き飛ばすと、ガバッ!と勢いよく上半身
を起き上がらせた。
そして気つけとして両頬をパンパン!と思いっきり掌で叩くと、「よし!」と気合を
入れてベッドの上に立ち上がった。
「F.I.Fで私はまだ全然ダメダメだって分かったんだ!だったらもっともっと努力
しなくちゃ!休んでる暇なんて今の私にはない!!」
挫折している場合でもない。むしろそんなことで立ち止まっている時間があるなら
一歩でも前へ進むべきだと切り替える。
「よぉ~し!やるぞぉ~~~~!!」
F.I.Fが終わってからずっと凹んでいた自分と完全に決別すると、そこで充電器に
繋がれているスマホが鳴った。
こんな朝早くから誰だろうと思い、とりあえずベッドを下りてスマホを手に取ると
イスズからメッセージが届いていた。
ヒカリちゃん、起きてる?
うん、ちょうど今起きたところだよ。何かあったの?
昨日あんまり元気がなかったから心配で……こんな朝早くにごめんね。
ううん、心配してくれてありがとう。寝たら元気になったから大丈夫!
本当?無理してない?
正直に言うとまだちょっと引きずってるけど……でも、いつまでもくよくよして
られないもん。また今日から心機一転、頑張るよ!
やっぱり強いよね……ヒカリちゃんは。
そんなことないよ。今みたくイスズちゃんが支えてくれるから私は頑張れるん
だから。本当にいつもありがとう。
ヒカリちゃん……
イスズちゃん……
ヨシ!
ヨシ!
あはは♪ぴったり同時だったね
うん♪それじゃ私、そろそろジョギングに行ってくるね
うん、行ってらっしゃい。車には気をつけるのよ?
はーいママ。
じゃあいつもの時間に迎えに行くからまた後でね。
最後に「委細承知」と文字が書かれた武士のスタンプでイスズとのやりとりを終える
と、ヒカリは立ったまま両腕と両足をそれぞれ逆方向へ大きく伸ばして体も目覚めさ
せてから着替えを始めた。
そしていつものようにイスズと一緒に登校し、教室に入ったヒカリは瞬時に次々と
自分に向けられてくる視線に気づいた。
そして近しい者同士でひそひそと何かを話している声が聞こえてくる。こちらには
聞こえないほど小さな声だったので内容までは聞き取れないが、ヒカリには何を言わ
れているのか容易に想像がついた。
自分がアイドル活動をしていることを話したのはクラスの中ではイスズとカグラ、
そしてカナとサヨリとツバメの五人だけだが、教室での会話を聞かれていればもう
クラスの全員にもバレているはずだ。
そんな自分がどんなアイドルなのかと興味をひけば、当然昨日のこともわざわざお金
を払って配信までは見ずとも結果くらいはチェックするだろう。
ヒカリもAmaTerasがネット上で笑い者になっているのは知っていた。
だからこのように身の回りでも似た反応が起きるかもしれないと推測はしていたし
覚悟もしていた。
だが……実際にこうして目の当たりにすると想像以上にきついものがあった。
「ヒカリちゃん……大丈夫?顔色悪いし、一度保健室に行こうよ。私も付き添う
から」
イスズもいつもと違う教室の雰囲気に気づき、この場から立ち去ったほうがよさそう
だと思いそう促すが、ヒカリははっきりと首を横に振った。
「……ううん、大丈夫。大丈夫だから……」
「でも……」
「こうなるかもって思ってたから、大丈夫だよ」
ヒカリは無理やり作った笑顔をイスズに向けると、足早に自分の席へ向かう。
そして、さっさと着席してしまおうと手早く鞄を机の横の物掛けにぶら下げると――
「あーやだやだ!言いたいことがあるなら本人の前ではっきり言えばいいじゃん!
名前と姿が分からないネットなら言いたい放題するくせに、それが出来ない現実だと
影でこそこそと卑怯だったらありゃしない!そんなやつらにヒカリンを傷つける権利
なんてないよ!!」
突然、嫌悪を一切隠さない声を張り上げて、自分の席に座っていたカグラが机を
バン!と両手で叩きつけて立ち上がった。
それに続くように――
「そ、そうよそうよ!高天原さんを馬鹿にするならAmaTeras親衛隊の私達が
まず相手になるわよ!!」
「えっ?アタシ達っていつの間にAmaTerasの親衛隊になってたの?」
「ん~……そこはツッコまずにとりあえず乗っかっておくところじゃないかなぁ~」
「と、とにかく!昨日の高天原さんは凄く立派だったんだから!自分があれ以上の
ことが出来るって人だけが石を投げなさい!もし投げて来ても私がピッチャー返しで
打ち返してノックアウトさせるけど、その覚悟があるのならどっからでもかかってき
なさい!!」
「えっ?だからなんでカナはそんな喧嘩腰なわけ?いや私も正直ムカついてるけど
さ」
「ん~……。私も揉め事は嫌いだけど、友達のためならやる時はやるよぉ~」
カナ・サヨリ・ツバメも立ち上がり、ヒカリを擁護する。
そんな四人の勢いに圧されたのか、それまでひそひそ話をしていた者達は一斉に目を
逸らし始めた。
「カグラちゃん……カナちゃん……サヨリちゃん……ツバメちゃん……」
あんなステージを見せてしまった後だ。正直、カグラやカナ達にだって失望されても
仕方ないとヒカリは思っていた。
しかし違った。
クラスメイトと敵対してでも友達であり続けようとしてくれる四人の姿にヒカリは
涙ぐんでいると、その震える肩にイスズが優しく手を乗せ、言葉はなくとも「私も
いるよ」と示してくれた。
クラスの総数である30人の半分にも満たない味方。それでも万を越える味方を得た
気になれるほど今のヒカリにはこの五人が頼もしかった。
カグラ達のおかげで形勢が逆転した教室内の空気。そんな中で――
「ち、違うの御苫さん!私、そんなつもりだったんじゃなくて……」
「じゃあ何が違ったのさ」
声をあげた一人のクラスメイトをカグラは言い訳でもする気なのだろうと高を括るっ
たのか、鋭利に尖らせ睨みつけた視線を向ける。
するとその少女は怯みながらも、
「確かに昨日のF.I.Fの結果は知っていたわ。だから高天原さんを励ましたほうが
いいのかなって思っていたんだけど、私……高天原さんとは話したことなかったし、
そもそも別人だったらどうしようとか思ってたら声をかけずらくて……。それでどう
しようかってこの子達と相談していただけなの……。
勘違いさせてごめんなさい!高天原さん!!」
そう言ってヒカリに向かって頭を下げた。
するとそれを皮切りにして、他のクラスメイトからも次々と、
「わ、私もそうなの!」と声が上がった。
状況がぐるりと一回転して真実が顔を出したことで、それまで喧嘩上等な物腰で構え
ていたカナ達はぽかーんと口を開けるしかなかった。
「……本当に?嘘ついてるんじゃないの?」
それでもカグラはまだ信じられずにいるのか、最初に声を発した少女へと詰め寄る。
そしてその場凌ぎの嘘かどうか見極めるべく息が届くほど少女に顔を近づけ、見開い
た両目で少女の瞳の奥の奥まで覗き込むと――
「なぁ~んだ。それならそうと早く言ってくれればよかったのに。
あーし、勘違いしちゃったじゃん」
どうやら無罪の判決が下されたらしい。カグラはそれまでと一転、笑顔を浮かべると
少女の背中に両腕を回してハグしてみせた。
「お、恐ろしいまでの後腐れを残さない切り替えの速さ……私じゃなくちゃ見逃し
ちゃうわね……」
「外国向けの性格してるわよね、カグラって」
「ん~……。イタリアとか相性バツグンそうだよねぇ~」
あれだけピリピリしていた教室内の空気が一気に緩んでいき、三人は同時に苦笑いを
浮かべる。
「だってさ、ヒカリン。ごめんね、あーしの勘違いでなんか騒がしくしちゃってさ」
「あ……ううん……。ありがとう、カグラちゃん……」
状況の激変に一番ついていけてなかったのは実は当事者であるヒカリであった。
顔をぽかーんとさせたままでとりあえずカグラに対してお礼を述べると、その間が
抜けた顔で教室内をぐるりと見回す。
すると――
「高天原さん!ドンマイだよ!ネットの声なんて気にする必要ないって!」
「次に出るイベントとか決まってるの?今度は私達も応援するから教えてよ!」
自分が想像していたものとは全く逆の――暖かい声援が送られてきて、ヒカリが必死
に堪えていた涙が堰を切って溢れ出す。
けれどそれは先程までの悲壮からもたらされた涙ではなく、嬉しくて溢れてきた涙。
F.I.FではAmaTerasを支持してくれたのは1票だけだった。
それが全てだと思っていた。
けれど今、こうして自分を応援してくれる人がこんなにもいると知った。
それが嬉しくて。ただただ嬉しくて、ありがたくて。
「お……応援……ありがとうございます……っ!これからも私は頑張っていきますの
で、どうかAmaTerasのこと……よろしくお願いしますっ……!!」
ヒカリはくしゃくしゃになった顔で心からの礼を述べると、深々と頭を下げた。
【続く】
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