第12話 それぞれの夜――照月ヨミ――
――時間はアカネとヒカリが過ごした夜から少し遡る――
「――ただいま」
「ああ、お帰り。ヨミ」
返ってこなくて当然と思っていた帰宅の挨拶に返事があり、ヨミは軽く驚かせた顔を
声がしたほうに向けた。
「お父さん……。今日はもう仕事は終わったの?」
「いや、ちょうど夕食にしてたんだ。これからもうひと頑張りするよ」
都内の一軒家で共に暮らす父は小説家をしており、一日の大半を執筆作業のため自室
で過ごす。
なので同じ屋根の下で暮らしていても顔を合わせるのは食事など父が何かしらの用で
部屋から出てきた時くらいで、ヨミもヨミで学校と芸能活動で家を空ける時間が多い
ため、数日顔を合わせないなんてことも珍しくはなかった。
「……大丈夫か?かなり疲れた顔をしているみたいだけど」
「ここのところ少し忙しかったから。でも平気よ。心配いらないわ」
そう言ってヨミは笑みを浮かべるが、父の心配そうな顔は晴れなかった。
「なぁ、ヨミ。何度でも言うが、お前が無理する必要なんてないんだぞ。あれは
父さんと母さんの問題で――」
「ごめん、お父さん。やっぱり私、少し疲れてるみたいだから今日はもう部屋で
休むね」
父の言葉をヨミは遮ると、靴を脱いで家に上がり、足早に父の横を通り過ぎる。
「ヨミ……」
最後まで心配気な父の声に後ろ髪をひかれ、思わずこのまま弱音を吐き出してしまい
たくなる気持ちをヨミは必死に心の奥底に押しとどめる。
そして――
「おやすみ、お父さん」
すっかり作るのが上手くなった笑顔で、ヨミは一度振り返り父にそう言った。
「………ふぅ………」
ヨミは自分の部屋に入ると、そのまま一直線にベッドへと倒れ込んだ。
(ライブで汗かいたしお風呂に入らなくちゃ……)
頭ではそう思っても、一度横になってしまった体は起き上がることを拒否してくる。
心身共に疲れきって限界だった。今なら目を閉じた瞬間に眠れる自信もある。
(メイクだけ落として……お風呂は……起きてからでいいか……)
うつ伏せで枕に顔を埋めたまま自分と一緒にベッドに飛び込ませたハンドバッグの中
からスマホを手探りで取り出すと、なんとか力を振り絞り顔を上げSNSのアプリを
起動させた。
そして検索欄に【照月ヨミ】と入力し、エゴサを始める。
【悲報】照月ヨミ アイドル転向大失敗
所属するAmaTerasはF.I.Fで過去最低の投票数wwwぶっちぎりの
最下位wwwwwwwww
今日のステージ、これが初めてだとしても酷すぎだろ。単独ライブだったら
金返せって言われても仕方ない出来だったぞ。
よくあんなレベルでステージに立とうと思えたもんだ。アイドル舐めんな。
F.I.Fの特別枠は毎年あんなもん定期。
設営スタッフに友達がいるんだけどAmaTerasがステージの後になんか揉めて
たって聞いた。
うわっ、実力ないのに仲も悪いとか最悪じゃん。
長年応援してきたファンだけにヨーミンのあんな無様な姿は見たくなかった……。
つれぇわ……。
「……………」
そこには予想していた通り、自分に対する辛辣なコメントで溢れかえっていた。
(散々な言われようね……)
しかしヨミはそれらを眉一つ動かさず無表情のまま読み進めていく。
物心つく前から芸能界という場所で常に人目に晒され、評価され続けてきた彼女に
とって罵詈雑言を浴びせられるのは別にこれが初めてではない。むしろ慣れすぎて、
今のように怒りや悔しさといった感情すらも沸かなくなるほどにまで耐性が備わって
いた。
それに加えて、今回は自分でもそう言われても仕方ないという想いがヨミをいつも
以上に達観させている要因でもあった。
ある程度までコメントを読み進めてヨミはスマホの画面を消す。そして再び枕の中に
顔を沈み込ませた。
(……アイドルとしての第一歩は最悪のスタートになってしまった。なら次に私が
打つべき手は……)
自分が今日まで必死に守り続けてきた照月ヨミというブランド。
その看板にこれ以上の傷が増えないようにするにはどうすればいいか――答えはもう
出ていた。
【続く】
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