第11話 継ぐ者 2



『Astraeaでした!ありがとうございましたーー!!』


ステージを終え、未だ鳴りやまぬ大喝采を浴びながら舞台を下りていく三人。


そして観客席からは見えなくなる舞台袖に戻った瞬間、マホは興奮がおさまらないと


いった紅潮させた顔で、


「凄い!凄かったですよアカリさん!マホ、感動しすぎて鳥肌が立ちました!!


ほら見て下さい!まだこんなに立ってますよ!!」


「ほんと、あれを本番できっちり成功させるなんてやっぱりアンタは凄いやつだよ。


流石、Astraeaのセンターだ」


リサもこの時ばかりは手放しで賞賛の言葉を贈る。


その瞬間――ステージを下りてから終始無言だったアカリの足がふらつき、リサに


向かって倒れてきた。


「アカリ……?」


予想外の事態にリサは驚きながらも、全体重を預けてきたその体を反射的に両腕で


しっかりと受け止め、これ以上崩れ落ちてしまわないように支える。


「お、おい!?大丈夫かアカリ!?」


「………アカン………めっちゃしんどいわぁ…………」


そう答えるアカリはフルマラソンを終えた陸上選手のように速く、深い呼吸を繰り返


し、手足にも上手く力が入らないのかリサの支え無しでは自力で立っていられないほ


どふらふらの状態であった。


「ラスサビだけでこれやもんなぁ……。ワンライブぶっ通しでやっとった


伊座敷はんはやっぱごっついわぁ……」


「バカ!辛いんなら無理して喋るな!」


「わ、私!救護スタッフを呼んできます!」


「ちょ、ちょい待ちぃや、マホはん……」


しかしアカリは駆け出そうとしたマホの衣装の袖を力なく掴むと、


「そない大げさにせんでも平気やって……ちょっと休めばすぐ元通りになるさか


い……」


「で、でもアカリさん……」


「ほんま平気やから……な?」


どう見てもアカリは無理に微笑んでいるようにしか見えない。マホはどうすればいい


のか分からなくなり、リサへと顔を向け判断を仰ぐ。


リサも正直今すぐ救護スタッフを呼ぶべきだと思ったが、アカリの医師を呼ばれたく


ない理由がこの後のフェス優勝者によるアンコールライブにドクターストップがかか


ることを懸念しているのだろうと悟ると、小さく嘆息してから判断を下した。


「……分かった。マホ、酸素スプレーだけスタッフから借りてきて」


「い、いいんですか?」


「この子が大丈夫だって言ってるんだ。私はそれを信じる」


「……分かりました!アカリさん、すぐに持ってきますからちょっとだけ待ってて


下さいね!」


「おおきにやで……リサはん……マホはん」


「だから喋るなって言ってるだろ」


リサはアカリを抱きかかえたままゆっくりとその場に腰をおろしていき、自分の膝を


枕代わりにしてアカリを横にする。


「えへへ……♪リサはんの膝枕や……これは激レアやで……♪」


「まだそんだけ余裕があるなら本当に大丈夫みたいだな」


自分の太ももを撫でまわしてきたアカリの手をペシッと叩くと、リサは安堵と呆れが


混ざった深いため息をついた。


とはいえ、こんなにも疲弊したアカリを見るのは初めてだった。


長時間のライブを終えてもピンピンしていられるほどの無尽蔵の体力を持つアカリ。


その彼女がたったワンフレーズ踊り方を変えただけでここまで消耗するとは……リサ


は改めてあの五分割の動きを実現させるためには体力だけでなく、尋常ならざる集中


力を保つだけの精神力もが必要なのだと思い知らされた。


(それに絶対失敗できないっていうプレッシャーだってあったはずだ……。なのに


ステージの上ではそんな素振りすら見せないで……ほんと、凄い子だよ。あんた


は……)


「言葉にして褒めてくれてもええんやで?」


「う、うるさい!勝手に人の心を読むな!」


リサは顔を赤くさせると照れ隠しのデコピンをアカリの額にお見舞いしてから顔を


背ける。


そんな彼女らしい反応をアカリはクスクスと笑いながら堪能していると、


「リサさん!ありました!ありましたよ酸素スプレー!」


「でかした!」


両手にスプレー缶を握りしめながら戻って来たマホから片方を受け取ったリサは


アカリの上半身を起こすと、しっかりと口に固定させたのを確認してから噴射ボタン


を押す。


「どうだ、アカリ?」


「あ~~めっちゃ効くわぁ~~~~」


失われていた酸素を体内に取り戻したことでアカリの顔色がみるみる良くなってい


く。


「もうええで。ありがとな、リサはん。それにマホはんも」


自分の手で口から酸素スプレーの噴射口を外すと、アカリは寝起きのように大きく腕


を伸ばし始める。


そして、「よっ」という軽い声と共に勢いをつけて立ち上がると、全身の感覚を確か


めるように両手両足をぶらぶらと揺らし始めた。


「よっしゃ、星宮アカリ復活や。これでアンコールライブもいけるで」


「そう言えば優勝したらもう1回ステージが出来るんでしたっけ?」


「おいおい。まだ結果は出てないのにもう優勝したつもりか?」


「なんやリサはん。まさかうちら以外が優勝するとでも思うとるん?」


「まさか。あれで優勝できなかったら八百長だってフェスが炎上するレベルの出来だ


ったよ」


「そうですよ!Astraeaは無敵で最強なんですから安心ご無用ですって!」


「それを言うなら心配ご無用な」


優勝を確信している三人は余裕を見せ合いながら笑う。――が、不意にリサは真面目


な顔に戻り、


「ただしアカリ。アンコールライブでは五分割の動きは禁止だからな」


「えっ、なんでやのん。うちならもう心配いらへんて」


「ダメだ。体調が完璧だったさっきだってギリギリだったんだ。まだ完全に回復して


ないのにやるのはどう考えても無茶だ」


「で、でも……」


「さっきのはマグレだった。そんなふうに言う人も出てくるだろうな。けど言いたい


やつには言わせておけばいい。だって後々のステージで今日以上の完璧なダンスを


見せつけて、ぐうの音が出ないぐらいそいつらを黙らせたほうが爽快だろ?」


アイドルをやっているとは思えないくらい悪い顔になってニヤリと笑ってみせるリサ


を見て、アカリは一瞬きょとんとしてから――


「ぷっ……あはは!なんやのそれ!リサはんって実はうちに負けんくらい性格悪いん


とちゃう!?」


心底おかしそうに腹を抱えて大爆笑した。


「アカン、笑いすぎてお腹痛うなってきたわぁ」


そして一頻り笑いきると指で涙を拭い、


「せやな。そっちのほうが絶対おもろいし、そうしよか」


「ああ、そうしな」


リサと二人、最後は互いにさっぱりとした笑みを浮かべて話はまとまった。


そんなAstraeaの方針が決まるのを待っていたかのように――


「お待たせしました!集計が終わりましたのでこれより結果発表を行います!」


逆側の舞台袖から再びステージ上に戻ったヨウコの声が聞こえた。






F.I.Fの投票は会場の観客1万1千人が配られたQRコードをスマホで読み込み、


専用サイトからこのフェスで一番だと思ったアイドルに投票する仕組みとなってい


る。


これに加え、配信で見ていた者の中からもランダムで2千人が選ばれ投票権が与えら


れる。


現地と配信で計1万3千票。それがF.I.Fに出場した全21組のアイドルの命運を


左右する数であった。


投票時間は最終組であったAstraeaのステージが終わってから10分間。その


後、さらにもう20分間の集計時間を置いてからの結果発表となる。


そしてそれら集計までが全て終わった今、ステージ中央に立つ進行役であるヨウコの


背後に設置された巨大モニターに表示されている、【15th フレッシュ アイドル


フェスティバル 結果発表】の文字を出場者達は舞台袖から。来賓室から。あるいは


楽屋のモニターからそれぞれ緊張した面持ちで見守っていた。


「それではまず21位から11位までの発表となります!皆様、前方のモニターに


ご注目下さい!」


ヨウコの声と同時に、説明通り21位から10位までの順位と獲得票数を表示するた


めの空白のランキング表へと画面が切り替わる。


そして――最も下の順位から発表が始まった。


「21位!――AmaTeras!」


『――――!!』


最下位としていきなり名前を呼ばれることになり、ヒカリ、ヨミ、アカネの三人は


同時に息を呑んだ。


正直に言えばこの順位を予想していなかった訳ではない。しかし実際に現実として


突きつけられると言葉は奪われ、呆然とランキング表の一番下にAmaTeras


の名が表示されているモニターを見つめるしかなかった。


そして……ヒカリ達が受けたショックはそれだけではなかった。


「……1……票…………」


「1万人以上いて……アタシ達に投票してくれたのはたった一人だけ……って


こと……?」


AmaTerasの文字の横に表示された獲得票数を確認して、ヒカリとアカネは


震わせた声で呟く。


ただヨミだけは表情を変えず何も言うこともなく目を閉じると、静かに顔をうつむか


せていた。


三人が失意に沈む中、順位は次々と発表されていく。


そして最後に――


「そしてそして!今年のフレッシュ アイドル フェスティバルで栄えある1位に


輝いたのは!!投票総数は全体票の3分の2以上!歴代としても2番目に多い


9653票を獲得してみせた――――Astraea~~!!」


勝者の名が呼ばれ、会場が再び沸き上がった。



【続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る